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16話 高級宿のスイートルームって見たことあるか?


 オオムカデ、もといコークスセンチピードのスタンピードをギルドに報告して数日後。

 シリウスがしっかりと完成させてくれた超軟鉄の弓を受け取り、俺とノノはまたギルドに訪れていた。

 いつも以上に賑わったギルドは朝帰りならぬ徹夜で飲み明かすような呑んだくれどもでいっぱいだった。


「おはよう、ナタリア」

「おはようございます、マークルスさん」


 金があれば俺も飲み会に参加するところだが、今日はナタリアに声を掛ける。

 今日も今日とて受付に座って笑顔を振りまく天使さんは俺にもその笑顔を投げかけた。


「俺たちは金もないし先に現地入りします」

「はい、わかりました。では、準備するので少々お待ちください」


 そう言ってナタリアが書類をまとめ出すものだから俺は戸惑ってしまい声をかけた。


「待て、一緒に行くのか?」

「はい」

「なんで?」

「おふたりの担当受付嬢なので」

「毎日ついてくるの?」


 そう聞くとナタリアはハッとして続けた。



「あっ、説明してませんでしたね。今回おふたりは発見者なので冒険者支援制度が使えます。各地で最前線の冒険者を支援するための制度なのですが、今回のようにスタンピードなどの事態にも使えます。受付嬢の判断で使うか使わないか決められるので既に申請しておきました。今日からでも鉱山都市のスイートルームに泊まれますよ」

「……すごいな。でも、それだとコークスセンチピードの幼体を瀕死にするだけしてスタンピードを起こす奴が増えないか?」

「ん?どういうことですか?」

「あのオオムカデのちっこいの、トドメ刺さないと喚いて親呼ぶだろ?」

「いえ、群れの大きさが相当でないと呼びませんし、親を呼ぶ個体はあまりいませんが」

「え?」

「うん?」


 ナタリアと俺は揃って疑問符を浮かべる。

 もしかしなくとも、俺のジャイアントな思い違いだったということか。


「スタンピード以外で大声で泣き叫ぶことある?」

「いえ、無いと思います」

「そうか、じゃあスタンピードは起こってしまうのか」

「専門家の話ではスタンピードはほば確実で、2ヶ月以内には来るみたいです」

「ならお騒がせ者ではないわけだ」

「?……はい」


 ひとまずスタンピードが起こってしまうのは確実なのであればやはり幼体に関しては先に数を減らしておきたい。


「じゃあ、ムカデ狩りのために鉱山都市に向かえばいいんだな?」

「はい、そういうことです」

「細かいことはいい、ムカデ狩って金稼ぎだ。弓の代金も払わないといけないしな」

「あ、新しい弓作ったんですね」

「そう、本職こっちだしね」


 安いが加工の面倒な超軟鉄をシリウスに頼み込んで作ってもらった漆黒の弧を描く軽弓。

 銘はオリオン。これを真夜中に完成させたシリウスが偶然最初に見つけたのがオリオン座だったからだそうだ。武器の名前に神の名前をつけるのも俺は嫌いじゃ無い。


「じゃあ準備できるまで酒飲んで待ってるわ」

「これから仕事なのにですか?」

「だめ?」

「だめです。ノノちゃんもいるんですから」

「はい」


 ノノももうそろそろ成人していそうではあるが、観念してジュースとパンを2人分頼んでナタリアを待っていることにした。

 その間にノノとは世間話に興じる。


「スイートルームだって」

「やった」

「どんな部屋なんだろう、鉱山都市の宿のスイートルームって相当高いよね」

「ナタリーも一緒?」

「え、さすがに違うんじゃないか?ていうか、俺たちは一緒なのか?」

「一緒じゃないの?」

「……後で聞いてみるといいよ」

「うん」


 何か嫌な予感がしないでもないが、今日のところはそれを無視してジュースを喉に流し込んだ。

 しばらくしてナタリアが大きめのカバンを背負って歩いてくる。

 小さくお辞儀をするのを見て俺たちも立ち上がった。


「お待たせしました。馬車の用意も出来ていますので向かいましょう」

「あー、はい」


 鉱山都市までの道に個人馬車を用意するとはギルドも余程儲けているらしい。

 ナタリアに案内されてギルドの裏手から出るとやはり馬車が数台止めてあった。そのうちの一台が中央に止められ御者がスタンバイしていた。


「御者さん、受付のナタリアです。マークルスさんを連れて来ました。鉱山都市までお願いします」

「はいはい、乗ってくださいな」


 御者に声を掛けるナタリアを横目に馬車を見る。

 貴族様が使うような高級な箱馬車ではないが、幌が張られサスペンションが付いているところから見るにこれでも相当な高級品だ。

 それに毛並みの良い栗毛の馬も2頭。良く見渡せば他にも馬が待機している。ギルドで飼っているのだろう。

 貧乏冒険者からしたら馬2頭に御者、幌&サスペンション付きの馬車ともなればレンタルも出来ないような代物だ。


「最前線の奴らはこんな感じの支援を受けてるのか」

「マークルスさんも最前線に行ってもらって良いんですよ?ついて行きますから」


 ノノとナタリアに手を貸して馬車に乗せてから自分も乗る。

 羨ましい気持ちを正直に呟いたらナタリアには微笑まれてしまった。

 好きな受付嬢を最前線に連れて行くと絶対に結ばれると聞いたことはあるが、同時にそのせいで前線の受付嬢には未亡人が多いということも知っている。

 好きになった相手をそんなことにはしたくないし、そもそも死にたくない。


「前線には行かないよ。役に立たないしね」

「もし行く時には連れて行ってくださいね」

「最悪の場合は連れてくよ」


 そんな物騒な話はここまでにして、御者に馬車を出発させてもらう。

 馬の蹄鉄が石畳を叩く小気味良い音から土を踏みしめる生命力あふれる音になるにはほとんど時間はかからなかった。

 鉱山都市に近づくにつれて少しずつ揺れが感じられるようになりスピードが上がっていく。


「急いでませんからゆっくりで良いですよ」


 そう御者に声を掛けると馬をゆっくりと走らせた。

 カタカタと揺られながら景色を楽しむ。途中何組か冒険者達を追い越した。

 そうして1時間も掛からないうちに鉱山都市に到着してしまった。


「そのまま星屑の宿に入ってしまって大丈夫ですかね?」

「はい、大丈夫です」


 御者の質問にナタリアが答える。

 街に入りまた少し馬車を歩かせると1つの建物の前で馬車が止まった。

 幌の隙間からそれを覗き見る。

 今の時代では珍しい5階建てほどの高さの木造建築は、恐らく古代文明の建築様式が元にされている。

 鉱山の上に建っているのにも関わらず汚れも老朽もほとんど見受けられない。


「ここか?」

「ここですよ」


 あまりの高級宿ぶりに不安になり尋ねる俺に、ナタリアはさも当たり前かのように返した。


「受付嬢って給料良いのか?」

「私だってこんな所初めてですよ。でも、いつもマークルスさんに振り回されてますから?たまにはご褒美があっても良いんじゃないかなと」

「とりあえず住んでる世界が同じなようで安心したよ」


 頬を膨らまして憤るナタリアだったが、やはり庶民派な受付嬢で安心した。件の最前線の受付嬢なんかは仮面舞踏会に行くこともあるとか聞くから不安になってしまった。


「では、入りましょう」


 やけに力の入ったナタリアについて宿屋へと向かう。

 扉の前で手を伸ばしたところでその扉が後ろへと開かれた。

 勝手に開かれたかと思い顔を上げると中の人が開けてくれたようで、上等な服を着た従業員に頭を下げられるももはやその現実について行けずそろそろ頭がパンクしてしまいそうだった。


「いらっしゃいませ、ナタリア様とマークルス様とそのお連れ様で御座いますね」

「はい」


 ナタリアもまた呆気に取られ、いつもの元気な受け答えもなく静かに頷いていた。


「お部屋は2つご用意しております。案内いたします」


 そう言って従業員は歩いていく。

 ボーッと内装を眺める人形になってしまったナタリアの手を引いてその人について行った。

 なんと言えば良いものか。

 外から見て木造なのは分かっていたが、床は滑らかな高級木材をピカピカに磨き上げ、大黒柱には鉱山に植えたのだろう大木を綺麗に剪定して使われていた。

 明かりも松明やランタンなどではなく、雷属性の魔石を使った電灯がふんだんに使われている。

 従業員もいるからコストの面で言えば相当なもののはずだ。

 そんな建物のスイートルームを取ったなどとギルドは簡単に言ってくれたものだ。緊張して楽しむどころではなくなってしまうのではないか。


 これまたピカピカに磨かれた階段を登って最上階へと向かう。


「最上階にはスイートルームが3つあるのみでございます。お客様方の部屋は向かって正面のアダマンタイトの間でございます。鍵はこちらに。では、何かありましたら内線にてお呼びくださいませ」


 言うことだけ言って従業員は戻っていった。

 残される庶民3人。ノノだけは表情が変わらなかったが、俺とナタリアは固まってどうしたものかと思考を巡らせていた。


「思ったよりこの支援制度バカだな」

「私もそう思います」

「とりあえず、入るか」


 放心しかけた俺に無理矢理渡された鍵でアダマンタイトの間を開錠する。

 木製のくせにやけに重厚感を演出する扉を開けると、俺たちの目に最初に飛び込んできたのは陽の光だった。

 いわゆる東向き。山の中腹に建てられた建物な上、他に背の高い建物がないために実現する最高の景色。眼下に広がるは忙しなく動き回る鉱山都市と鉱山を囲む一面の森。

 そんなファンタジックな風景を楽しみながら休息することの出来るこの部屋にはキングサイズのベッドが2つ。大きな机やイスも全て何かの木製で一目見ただけでも高級だということだけは理解できた。

 もはや非日常と言わざるを得ないこの状況に、俺は何を考えてか荷物を適当に置くと窓際に座った。


「ナタリア、お前が俺の担当受付嬢で良かったよ。結婚しよう」

「……え!?えっと、え、あ、はい」


 勢いで冗談を口走っていた。


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