15話 大厄災前準備
何から説明したものか。
まずは、俺がムカデ狩り祭りのための準備をしたところからにしよう。
俺たちは盾をキャンセルする代わりに弓を頼もうと大通り沿いの鍛冶屋に足を運んだ。
「来てやったぜ、シリウス」
「よく来たな」
応接間のソファに大胆に体を預け俺たちを迎えるシリウス。
俺も遠慮なくその前に座った。
「ちょっと噂話は聞いてるが、鉱石は採れたか?」
「いや、ムカデの殻なら少し」
「加工できないことはないが、盾にするにはなぁ。それならまだ鉄の方がいいかも知れん」
「その盾のことなんだが」
「なんだ?」
少しは切れ悪く切り出す俺だが、シリウスは特に気にした様子もなかった。
「キャンセルで、他のものを頼みたい」
「おう、いいぞ」
「キャンセルされたのに気にしないのか?」
「客は減ってない」
「それもそうか」
「で、何がいる?」
「弓が欲しい」
「弓、軽弓か?」
「そうだ、よく分かったな」
「体つきからしてそっちの嬢ちゃんが剛弓を使うとも思えん」
鍛冶師としての経験は十分らしい。
「弓か。素材は?」
「超軟鉄がいい」
「安いはいいがバカみたいに加工が面倒なんだぞ?」
「頼む、シリウス」
「……はぁ、分かったよ。金は請求してやるからな」
「払える範囲なら払おう」
頭を下げて頼み込む俺に、シリウスはため息を吐くと了承してくれた。
「よし。で、お前、ら?もスタンピードには参加するのか?」
「することになっている」
「そうか、頑張れよ。俺はこんな機会でもお前以外からは注文がこねぇよ」
「お互い頑張ろうぜ」
「うるせぇ」
手を振って帰れと示すシリウスに声を掛けてから俺たちは次の場所へと向かった。
もちろん机の上のお菓子は無くなっていた。
と、鍛冶屋は早々に退去したわけだが、俺にとってメインはこちらではない。
俺みたいな奴が贔屓にする店が大通りにあるわけもなく、大通りから幾つか路地を入り、入り組んだ道をクネクネと歩いていくと1つの錆びて寂れた店がある。
"大盗賊店"と書かれた看板も、もうずっと変えていないのか雨風に晒され続けて読めたものではない。
ではなぜ俺が読めたのかというと、数年前からこの店に世話になっていて店の名前を知っているからだ。
「ノノ、ここは俺がシーフであるためには大事な店だ。店長は不思議な人だが悪い人じゃない。嫌わないでやってくれ」
「ん?うん」
首を傾げながら頷くノノを連れて店の扉を開ける。
「すいませーん、店長いますかー?」
「はーい、ちょっと待ちなー」
埃っぽいと言われれば埃っぽい気がする店内。棚はもちろん樽やら机やらが所狭しと乱雑に配置され、もはや何一つとして同じものがないのではないかと疑うくらいに色々な物が置いてある。
そんな店内に入り大きめの声を掛けると奥から女性の声が返ってきた。
「マー坊が女の子を連れてきよった。婚約の報告かな?」
しかしその声は後ろから聞こえる。振り返るととんがり帽子の長身女性が立っていた。
「お久しぶりです、トレルマーニさん。相変わらずお美しい」
俺が見上げるほど背の高い女性。黒いドレスを好んで着ているからか周りの人には魔女だと噂されている。
トレルマーニさんはその細い腕で俺を持ち上げるとまるで猫と触れ合うかのように頬を擦り付けてきた。
「マー坊はいつも嬉しいことを言ってくれるね。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞ではありませんよ」
黒いドレスの似合う色白で透き通ったように綺麗な肌に、サラッサラの黒い長髪。黄金かと見間違うほどに輝く瞳とその奥に潜んだ妖しい野望。
決してお世辞ではない美しさを彼女は持っている。
ただ、魔女のようなとんがり帽子に黒いドレス、この地域では珍しい黒い長髪と何をやっているのか分からない怪しい商品のラインナップのせいで周りの人からはあまりいい目で見られていない。
彼女はそんなこと気にしていないようだが。
「そろそろ離してもらえますか?」
「あら、ごめんなさい。マー坊が久しぶりに来たからつい」
ようやく降ろしてもらえた。
「それでそっちの子は?」
「新しいパーティメンバーです。元のパーティは追放されちゃって」
「追放されたの?70年前の流行りがまた来たのかしら?」
「70年前は知りませんが、そうかもしれません」
「お名前は?」
長身のトレルマーニさんと背の低いノノが並ぶと普段以上にトレルマーニさんが高く見える。
トレルマーニさんは思い切り腰をかがめるとノノに目線を合わせた。
「ノノ」
「ノノちゃんね、これからよろしくね」
「ん」
ノノは小さく頷いて返した。
「それで、何を買いに来たの?」
「いつものと、新作を見に」
「ちょっと待っててね」
俺の言葉にそう返すとトレルマーニさんは店内の色々なところから様々な物を取り出してきた。
「どうせお金がないんでしょ?半分は出世払いでいいわ」
「よくわかりましたね?」
「魔女だもの、今日来るのもお金がないのも知ってたわ」
「さすがです」
言葉に甘えて煙玉や矢先などを貰っていく。見たことのない商品たちは恐らく新作だろう。
「マー坊、今回は面白いのがあるわ。これ見て」
トレルマーニさんは俺に綺麗な装飾が施された箱を渡してくる。
それを受け取り中を開けるとポロロンと音楽が鳴り出した。
しかし、トレルマーニさんはそれを慌てて閉める。
「ちょっと。時間式爆弾なんだからここでは開けないでちょうだい」
「なんてものを持たせてるんですか!」
想像以上の劇物を俺は半ば放り投げるようにトレルマーニさんに返した。
「またヤバいものを作りましたね」
「マー坊が魔物を自分で倒せるように作ってあげたのよ」
「それは嬉しいですが」
「特にコストもかかってないし、持っていってしまっていいわ」
「はぁ、まぁ貰っておきます」
戦場ではなんでも使え。それが俺のモットーだ。
もはや危険物となったオルゴールをそっとウエストポーチにしまう。
「じゃあ次はこれね」
「これは……」
見た目はただの紙切れ。紐で巻いてあるのを解くと中には複雑怪奇な魔法陣が描かれていた。
「スクロールというやつですか?」
「当たりよ」
神とか巻物とか本とかに魔法を閉じ込めておいていざという時に無詠唱でマナは使わず高速で発動出来る代物。
その代わり製造工程が果てしなく面倒くさいのだとか。
「トレルマーニさん、よくこんなの作れましたね?」
「それは中身の話?それともスクロール自体の話?」
変わらない笑顔に隠された怒りが俺を震え上がらせる。
「まぁ、トレルマーニさんならこれくらい作れるでしょう。それで、中身は何なんですか?」
「メテオよ」
「めてお?」
「天文学の範囲なのだけれど、空からものすごい勢いで降ってくる岩の大群のことを言うらしいわ」
「それを作ったんですか?」
「出来ちゃった」
笑顔で楽しそうに語るトレルマーニさん。
「これもあげるわ。いざというときに使いなさい。たぶん見える範囲全てが焦土と化すでしょうけれど」
「当たり一面焼け野原にするいざっていつですか」
「コークスジャイアントセンチピードのスタンピードを止められなかった時とか?」
「縁起でもないのでやめてください」
「そうね。でも、どうせまたマー坊が何とかするのでしょう?」
「今回は早めに報告しましたから大丈夫ですよ」
「そう、頑張るのよ」
「はい」
「ノノちゃんもね」
「ん」
そうして、俺たちは"大盗賊店"を後にした。