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13話 記念すべき温泉回?


 温泉を見つけたのである。

 そこに温泉があってここに人がいる。そうなったらやることは1つ。

 温泉に入るのみ。


「ノノ、温泉それもたぶん源泉とかのレベルだ」


 実は鉱山都市の中にも源泉垂れ流しの銭湯はある。しかしノノが、温泉には興味があるようでも銭湯には行きたくないようで、なんだかんだ俺1人で行くのもはばかられて行けていないのだ。


「入るか?」


 ノノの様子を伺う。


「うん!」


 しかし、珍しく目を輝かせたノノは大きく頷いた。

 それならば、と松明をいくつか焚いて壁などに固定していく。

 ゆらゆらと揺れる水面に赤やオレンジが加わりさらに風情豊かになってしまった。

 贅沢を言うなら景色も楽しみたかったところだが、あいにくここは洞窟の中だ。文明が芽生える以前、人間は火を囲んでお話をしたと言うし、今回はノノとお喋りでも楽しむことにしよう。

 松明によってある程度の視界を確保してから荷物を下ろし温泉に入る準備をする。

 恥と外聞と服を同時に脱ぎ捨てて、入ろうとしたところでノノが苦戦していることに気づき手助けに入った。

 俺はむしろどんと来いと思っているとはいえ、年頃のはずのノノがなぜ俺の横で一緒に全裸で仁王立ちしているのかはわからないが、これで準備が完了する。


「入るぞ、ノノ」

「ん!」


 2人一緒にはじめの一歩を踏み出した。

 湯気を立てる程度には熱々の源泉に足から入っていく。宿で休んでいるとはいえ疲れの蓄積した体に一気に熱さが浸透していった。

 水面を破り体をお湯に入れていく。じわじわと上へと上がってくる久々の感触は俺たちの毛を逆立たせた。

 少し深いが座れないことはない。全身を湯に入れ体重を全て手放すと一気に疲れがやってきた。


「はぁぁ」


 ため息なのか甘美の吐息なのか分からないものを吐いて全身を投げ出す。

 横では決して小さくはない双丘を浮かべてノノも寛いでいるようだった。


「なんかすごいところ見つけちまったな」

「うん」

「定期的に来たいな」

「うん」

「溶けてるなぁ」

「うん」


 もはやノノからは肯定の返答しか返ってこない。それほどまでには温泉というものは貧乏初心者にとって魅力的だった。


「ノノ、温泉は好き?」

「うん」

「じゃあ銭湯は?」

「きらい」

「なんで?」

「人いっぱい」

「なるほどね」


 裸の付き合いというのは出来る相手とならするのをおすすめする。こうやって相手のことを知ることが出来るから。

 それにしても、相変わらずこの子のことは色々と分からない。

 俺の横で恍惚の表情で溶けている彼女とはパーティ結成当日からずっと一緒にいる。

 女の子1人で突然男に声を掛けるのもそうだし、俺が宿屋を取った時も前泊まっていた宿屋をチェックアウトしにいったりはしていない。

 それに、俺はコカトリス討伐のためにこの子とパーティを組んだが、スキル持ちが分かるからと声を掛けたのにも関わらず彼女は目標や目的を語ったことはない。

 無理に語ってもらうこともないが、俺を信用してないとかでもない限り相談でもなんでもしてほしい。

 実際、女のためにコカトリスを狩るくらいしか目的のない奴がここに居るのだし、ただ稼げそうだから、飯に困らないためくらいにしか思っていないのかもしれない。


 お湯をすくい顔を流す。

 大きく吸い込んだ息からは温泉独特のなんとも言えない臭いが入ってきた。

 この温泉の存在を漏らせば十中八九8階層まで人の手が入り銭湯が作られてしまうだろう。

 温泉が好きだというノノのためにもそれはあまりしたくない。

 ここの事は誰にも言わないか、言ったとしても信頼のおける人物に対してだけにしよう。そうは言っても今の俺にはメレルちゃんくらいしか誘える人もいないが。


「ノノ、後ろ向いて」

「ん」


 後ろを向かせたノノの髪をお湯と櫛で梳く。女の子の髪の触り方など分からないがなんとなくで整えた。

 真っ白な背中が眩しい。

 これは比喩表現であって絵の具のような白のことではない。

 思わず綺麗な背中に触れると、ノノはぴくりと体を震わせた。


「ん?」

「いや、ごめんよ。綺麗でつい」

「そう……」


 ノノは満更でもないといった雰囲気でまた俺に背中を預ける。

 その時だった。

 コロコロン、と後ろで音が鳴る。咄嗟に振り向けば、ただの石の一つだった。

 洞窟の中だし壁から落ちたのだろう。

 新人ならそう思う。

 チキンを舐めるな。これも比喩表現であって鶏を舐めるような物好きは元々少ないが、慎重派を騙す事は出来ないということだ。

 俺はポーチを引っ掴みほんのり光るヤコウタケをありったけぶん投げる。

 しかし、それによって浮かび上がったものはそれはそれは素晴らしいものだった。

 艶々の外骨格に強靭な顎、それよりも目立つのは優に100を越える無数の足。

 蛇にも似て、蛇行すれどこちらを常に睨んでいる。

 コークスジャイアントセンチピード。最初に見つけた奴はなぜこいつにダイヤモンドジャイアントセンチピードと名付けたく無かったのかよく分かる。

 やけに黒く闇に潜むその姿はさながら夜の暗殺者。無数の足で足音を消し、休憩中の獲物、もとい俺たちを仕留めんと忍び寄るその徹底した初撃必中一撃必殺スタイルは、モンスターたちに比べたらまだ新米のシーフの俺には学ぶところがあったが気付けないどころか死ぬ可能性すらあったのはいただけない。

 我が子を谷底に落とすという獅子もびっくりの指導方針だ。


 もはや声も目配せもなしに俺とノノは風呂から飛び上がる。

 服を着る暇もなく短剣と盾だけを持ってオオムカデと対峙した。

 ただ、運の良いことに今回は恐らく何とかなる。俺には出来ないが。

 あのオオムカデの討伐難易度は5前後。だが、それは初撃の暗殺込みである。それを回避すれば難易度は3ちょっとまで下がる。

 暗殺や待ち伏せをする奴はまともに戦ったら弱いという説は自分にも刺さるので嫌いだが、大抵合っている。

 俺たちに気づかれたと気付いたオオムカデは一瞬狼狽える。

 しかし、オオムカデは顎を目一杯開くとこちらに突撃をかましてきた。俺だったら逃げているかもしれない。

 突っ込んできたオオムカデを俺は避ける。しかし、ノノは一歩も引かずにそれを受け止めた。


「温泉」


 ノノはチラリと一瞬後ろの温泉に目を配る。

 たびたび思うが、ノノはやはりこの難易度帯の敵に対する時結構余裕がある。ご飯を考えていたり温泉を見ていたり。

 彼女は相当強いのではないか。

 今目の前で双丘を揺らす彼女の肉体は確かに絵画や彫刻の神々を思い出すほどに洗練されている。

 俺の息子が反応しない程度には美しいのだ。

 そして、ノノは力自慢の男神もびっくりの豪快さでオオムカデの顎を引き裂いた。

 もう2度と石炭は食べれまい。

 しかし、それでもオオムカデは諦めずノノを締め殺さんと全身に巻きついていく。それもノノは何食わぬ顔でオオムカデの顔を殴り飛ばした。

 ノノどころか俺の数倍は長さのあるオオムカデをひたすらに盾で殴り付け、血が飛び散るのもお構いなしに激戦を繰り広げる。

 そうしてついにはオオムカデの頭部を破壊し尽くしてしまった。

 オオムカデにもう戦闘力が無いと判断するや否やノノは俺の方を向く。

 その顔はキラキラとした嬉しさと期待と返り血で染まっていた。


「えっと、よくやった?」

「うん!」


 心底楽しい、といった様子でノノは跳ねるようにこちらに走り寄ってくる。

 目の前まで来て頭を差し出すものだからとっさに撫でてしまった。


「えへへ」

「……飛び級試験、マジで受けさせるかな」


 今後はどうしようかと考えてながらノノを撫で続けていた俺。目の前に全裸で鮮血に染まる女子がいて油断をしていたのだろう。

 突如としてオオムカデが上げた甲高い悲鳴に対応することが出来なかった。

 およそ人工物では出せないだろう大量の金属を同時に削るような音が洞窟中、ひいては恐らく洞窟の外にまで響く。

 そのままオオムカデは息絶えてしまった。

 こいつはこれで終わりである。だが、これの意味するところはそこではない。

 今さっきノノが倒したコークスジャイアントセンチピード、実は幼体である。

 幼体は死ぬ間際、今のように悲鳴を上げて親を呼ぶ。

 親がそれに反応して出てくるまでの時間は10分程度から数日後など定かではないが、その親の処理が面倒くさい。

 到底1パーティでは無理な大きさのウルトラビッグオオムカデに加えさっきの幼体がうじゃうじゃ這い出てくる。

 もちろんギルドを上げての大討伐となる。

 これはまたギルド長とのご対面コースだ。


「ノノ、もっかい温泉入って帰ろう」

「ん?……うん」


 諦めて温泉に全身を投げ出した。



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