10話 KとA
祝!無事10話!
新人たちを急かして抜け穴に通す。体の大きいゴブリンキングでは通れず、通れるゴブリン程度なら新人たちに任せられるだろうという判断だ。それにノノもついていれば大丈夫だろう。
通路からは兵士を引き連れた王がのそりのそりとこちらに歩いてくる。引っ提げた剣は冗談でも聖剣とは言えないほど劣化した使い古されたものだが、その巨体と肉体が相乗効果を生み出しより凶悪なものに見せかけている。
俺たちには分からない鳴き声で叫び散らす下っ端ゴブリンたちは、恐らく先ほど逃したゴブリンだろう。
こんな鉱山の洞窟で、人間とは比べ物にならないが奪った松明で文明を築き数十体のコロニーを作り上げている時点で気付くべきだったかもしれない。
下卑た笑みを浮かべ反応を楽しむようにゆっくりと迫り来る緑鬼どもはついにこの空間へと入ってくると俺と対峙するように立ち止まった。
すでに新人たちは逃してある。それを知っているのだろう、キングが下っ端ゴブリンたちに何かを言うと下っ端たちは俺から距離を取りつつ後ろの抜け穴へと向かった。
「1対1か?」
周りから下っ端のいなくなったキングと俺は向かい合う。
キングは下っ端たちと同じような下卑た笑みを浮かべた。
キングは何かしらを喋る。魔法言語ではない。少なくともスカルスの使っていた魔法言語とは違う。
「お前の言葉は分からねえよ」
俺の言葉に、自分の言葉が通じないことだけは理解が出来たのか黙るキング。
では剣で語ろう、とでも言わんばかりに今度は持っていた大剣を振り上げた。
途端、キングの咆哮が洞窟に響き渡る。
次の瞬間、お互いに走り出していた。
しかし、走り出したのは衝突する方向ではない。キングの動きに合わせた同じ方向。
本気のバックステップでキングの攻撃を回避した。
振り下ろされた大剣は岩石を飛び散らせながら地面に突き刺さる。それに合わせて今度は俺からキングに向かって走った。
短剣を引き抜きそのままキングの脇腹を切りつけ走り抜ける。手応えはもはや大木でも切っているかのような感覚だったが、そんなことを気にしている暇もなく、俺は吹き飛ばれた。
使い潰されて刃が潰れていなかったらどうなっていたことか。
もはや限りなく鈍器に近い大剣をぶつけられ俺の体が横に飛ぶ。
ゴロゴロと転がり痛みで叫びたい衝動を飲み込みつつ顔を上げた。
振り抜かれた大剣。恐らくだが奴は今、振り下ろした大剣を力ずくで、背後に走り抜けた俺にぶち当てたのだ。
ヘンリーパーティの新しい大男よりもでかい体に秘められたポテンシャルはそこらの成人男性とは比べ物にならない。
ただでさえ怠慢極めて体に自信のない俺には太刀打ち出来かねる。
そもそも正面衝突では120%勝てないことを前提に立ち回っているのだ。手数を重ねる前に圧倒的暴力で挫折させられるとは思わなかった。
思えば最近は前衛に出るのも少なくなっていたかもしれない。ヘンリーが強いしケイロンもいた。スカルスが俺を追放したのはこういったマンネリからの怠慢を起こした俺を戒める意味もあったのかもしれない。
そろそろ、本気を出さないといけない時期なのかもしれない。
こんな、あと1回殴れば倒せそうな木っ端冒険者を笑いながら見るだけのキングは果たして性格が悪いのか慎重に慎重を重ねた結果なのか。
どちらかなんぞ本当のことはわからないし予想は出来ないでもないが、この状況はむしろ俺には好都合。
殺されないのなら御の字。
俺はポケットの中から煙玉を取り出して握り潰した。
瞬く間に白い煙が俺とキングを覆い視界を阻害する。
すぐに転がり逃げると、先ほどまで俺がいた位置辺りで地面が壊される音がした。
視界を奪われたモンスターの動きなど簡単だ。基本的に直前まで獲物がいた位置に攻撃を仕掛ける。それさえ避けてしまえば後は俺の手番である。
さらなるアイテムをポーチから取り出す。それを地面にぶつけると甲高い金属音が2つ鳴り始めた。
これは音叉と呼ばれるものだ。本来何に使うものなのかは知らない。だが、俺はこれをコウモリのように敵の位置を把握するのに使う。
しかし、音を鳴らせば敵に気づかれるのではないかと思うものだが、その解決のために俺は歩き回りながら頻繁に使うことに決めた。
音叉の音は響きやすく残りやすい。視界を塞がれた煙幕の中で鳴らしながら歩けば慣れた俺は敵の位置が分かり、敵はこちらの位置がわからないどころかこちらを増えたかのように錯覚してくれることもある。
あとは攻撃を重ねていくだけ。暴れ回る敵の攻撃を常に捕捉し続けるのは難しいが俺はこれに関しての訓練を積んでいる。
今思えば辛い修行だったかもしれない。だが、そのおかげで今の俺のうさぎにも負けない聴力が出来上がったのだろう。
ただ、問題なのは俺がパーティを追放された身だということ。
娼館に行く金と宿代やらなんやらでポーチの中のものはいくつかのジョーカーを抜いて結構な量売ってしまった。
この煙玉戦術は簡単にいつでも買えることもあり売ってしまって在庫が少ないのだ。具体的に言えば、さっき握り潰したのが最後だった。
これほど宿に泊まるんじゃなくて野宿にするんだったと思ったことはない。
だんだんと薄れていく煙幕からキングの顔が覗き始めた。
万事休す。
使い勝手の悪い"横奪"の能力と使えるタイミングが限られまくるポーチの中のジョーカーがある限りは万策は尽きていないが今切れる手札はない。
もしかしたら手札が舞い込んでくるかもしれないが、それももはや金貨100枚1カ所BETのギャンブルに近い。
人生ギャンブルみたいな奴が切り札とする手段もどうせギャンブルみたいになるのだ。
「お前、まだ手札ある?」
相手の手札はブタか良くてワンペア。
それなら、Aが来るまで舞ってみようか。
俺を捕捉した途端大剣を振り上げて走ってくるゴブリンキング。
煙幕作戦で相当頭にきているようだ。
さっきよりも少し単調で、しかし威力の上がった一撃は今度こそ確実に俺を葬らんと襲いかかってくる。
潰れた刃とはいえ直撃すれば一撃で致命傷の可能性もある。最適解は当たらないこと。
そして、この時生粋の冒険者引いては剣士やランサーなどの前衛職であれば避けるという選択肢を選ぶのだろう。
しかし、俺はそのカードは引かない。なんせ運が悪ければ下克上を喰らうJだ。ならその手札を出される前に降ろさせるしかない。
大剣を持つキングの腕めがけてポーチから出したものを放る。緑色の粘性のある球はキングに当たると同時に小爆発を起こした。
人間の一般人に使うと危険だが、難易度4強の中型モンスターに使ったところで大きなダメージは入れられない。
しかし、その爆発の衝撃はキングの体勢を崩す程度であれば十分な威力だった。
爆発のインパクトによりキングの上半身のバランスがズレる。いくら強靭な肉体を持っていれど長い鉄の塊を保持するにはしっかりと地に足をつけていないといけない。
バランスの崩れたキングの体はそのまま数歩分よろめいた。
その時の俺はどんな顔をしていたのだろうか。キングが俺の顔を見て数瞬固まり、もはや般若も驚くくらいの怒気を纏って雄叫びを上げたところで俺は自分がニヤついているのに気がついた。
ゴブリンの上位種たるゴブリンキングがよろけたのがそんなに面白かったのか、はたまた自分が1人でも難易度4強に太刀打ち出来ていることに喜んでいたのかその両方か。
ともかくゴブリンに通じるくらいの煽りの籠った笑顔をしていたのだろう。
しかし、結果としてはそれが良くなかった。
怒り狂ったキングは全身全霊の一撃を放つ。そんなこと俺は予想していたしそれを避けるために体勢も整えていた。
もはやキングが腕に力を込めるのと同時くらいに俺も足に力を入れ避けの体勢に入る。しかし、それと同時に脇腹から全身に向けて雷が迸った。
ただの比喩表現ではあるがそれに等しい痛みに体が止まる。それでも止まらないキングの一撃は完全に俺を捉えーー何者かによって止められた。
「うちのエースがやっと来た」
もはや俺よりも体は小さいなれど、その膂力はキングを超える。潰れた剣を引っ掴み、真正面からのパワー勝負をしても一歩も譲らない。
ノノは掴んだ剣を捻るとキングから奪い取ってしまった。
俺の時とは打って変わって明らかな恐怖の表情を浮かべるキング。
攻撃を加えているとはいえ手数ばかりで決定打のない俺とは違い、ノノの力はキングでも十分脅威になり得る。
やっと人間と戦う恐怖というものを感じてくれたらしいキングに向かってノノは奪った大剣を振り下ろす。
「ごはん」
いつまでもマイペースなノノだが、振り下ろされた大剣はキングの体を打ちつける。
戦車にでも轢かれたと思って諦めてくれ。
「よし、帰るか」
「ん、おかえり」
「おう、洞窟の中だけどただいま。助かった」
「ん」
こうして、ノノの強さがランク4を余裕で越していることに気づきゴブリンキング討伐は無事終わった。
鉱石を探しに来たはずだがキング討伐の報告と報酬はもらっておきたい。
それにノノも俺も疲れている。ーーノノは分からないが。
新人たちも心配だからと今日のところは帰ることにした。
結局、新人たちはワームに追っかけ回されたものの無事で追手のゴブリンも難なく倒せたようだ。
ノノには洞窟の途中で見捨てられノノだけ引き返してきたらしい。出口まで送ってきて欲しくはあったが、無事だし助かったしで直接文句は言わなかった。
とりあえずキングの討伐報酬や発見、素材報酬なんかも全部合わせれば少なくない額になる。
もしかしたら山分けしても1回くらいは娼館に行けるかもしれない。
楽しみにして帰るとしよう。