1話 追放された男、マークルス
「残念だが、お前をこれ以上このパーティに居座らせることは出来ない。追放だ」
そんな言葉を聞いたのは親友のヘンリーの口からだった。追放、などという日常生活においては滅多に使わない言葉を使ったのは、恐らく今回の俺のパーティ脱退の件の首謀者というか発端は彼ではないということだろう。
親友は少し困ったような呆れたような、それでいてどこか怒っているような複雑な表情で俺の目を見ていた。
彼とは地元にいるころから共に切磋琢磨してきた。だから街に来ても2人でパーティを作ってからメンバーを募集したわけだが、そのパーティメンバーから遂に不満の声が上がったようだ。正確に言えば、以前から直接不満を聞いていたが一向に反省する気がない俺に遂に堪忍袋の緒が切れたということだ。
心当たりしかないが、どれがバレたのだろうか。
「理由を聞いていいか?」
「あんた正気?羅列するのも面倒なくらいよ」
怒られてしまった。
スカルスは俺らが街に来てすぐ、火力のある魔法使いを探していた時に声をかけてくれた1つ上のランクの少しだけ先輩の冒険者だ。綺麗な長い髪を持つ美人さんだ。
彼女との時間ももう短くない。俺らの良いところもダサいところも全部知ってるだろう。そんな彼女も怒っているとすれば、少し心当たりがある。
「あんた、今でもパーティの金くすねて娼館行ってるでしょ?」
バレていたのか。上手い感じに誤魔化していたつもりだったんだが。
「いやぁ、メレルちゃんが待ってるからさぁ」
「はぁ?」
スカルスは100%の軽蔑を込めた表情で俺を睨んだ。冗談も通じず、さながら蛇に睨まれた蛙のように愛想笑いを浮かべるしかない俺と同様に、ケイロンも苦笑いを浮かべながら手持ち無沙汰に自らの槍にもたれ掛かっていた。
「俺も男だからわかってやれなくもないが、今回ばかりは姐さんが言ってることが正しい」
シーフの俺と違って前衛が張れるランサーのケイロンはスカルスのすぐ後に入ってきた長身イケメンのパーティメンバーだ。
こいつとも随分長く悪友をやってきたものだ。くすねた金じゃなくて俺の金で娼館に連れて行ってやったこともある。メレルちゃん以外がこぞって持っていかれてしまったものだから、あれから2度と誘ってやらなかったが。
「マー兄さんが悪い」
俺とヘンリーを兄さんと呼ぶ、このまんまる顔の背の小さいのは最後にこのパーティに入った治癒術師だ。
色々とあってとある教会、ひいてはそこの孤児院に資金的な援助をしているのだが、ナルカはそこの孤児院出身の孤児だ。
カッコよく思われたくてヘンリーと2人で孤児院のために色々と走り回ったのはもう良い思い出だが、当時はナルカを冒険者という収入不安定、環境劣悪、体力勝負の仕事に巻き込んでしまったことを悩みもした。
今となってはパーティに欠かせない治癒術師になってくれたのだから嬉しい限りだ。
そして、たぶんこの子に関してはヘンリーの言う追放の意味をあまりよくわかっていない。
「マークルス、聞け。お前はまだ分かっていない」
「何がだ?」
「追放の意味だ」
「わかってる。最近流行りのだろう?」
「それだ」
「だろ?」
「あー、だからそういうことじゃない」
ヘンリーは少しイラつきを示して頭を掻いた。
「お前のその軽薄な態度がこの状況を招いたんだ」
ヘンリーにこう言われてしまうと、しっかりと説得力があるし反省しないといけないんだろうなとも思うが、いかんせんこれまで直せなかったという実績がある。
特にスカルスがご立腹なのはとても珍しい。これはどうしようもないだろう。
「わかった。反省して追放されよう。金を返せと言うならゆっくり返させてくれ。4人でやるにしろ、新しいメンバーを探すにしろ頑張れよ」
「あぁ、追って連絡する」
そう言って、やはりイライラした雰囲気を残しながら彼らはその場を後にした。
「ってわけなんだよ、メレルちゃん。おじさんもうこんなに頻繁に来れなくなっちゃうかも」
そんな事情を、俺は窓から歓楽街を行く人たちを見下ろし眺めながらメレルちゃんに話していた。
「マーくんも私もまだおじさんおばさんって年齢じゃないでしょ。女は年齢自覚したら老けるんだからやめてよね」
こう言うメレルちゃんと俺は実は同い年だ。それでも、適当に生きている俺に比べてメレルちゃんはとても若く見える。羨ましい限りだ。
「メレルちゃんはまだ若いけど、男は25超えたあたりから精神が老いるんだよ」
「女の子の方が先に大人っぽくなるのにね」
「俺もそこは不思議だ。男って時間飛ばしてるよな」
くすくすと笑うメレルちゃんに釣られて俺も自然と笑顔になっていた。
「それで、今日はどうするの?」
「どうするのとは?」
「え?女の子に言わせるつもり?」
「それはそれで」
「相変わらず意地悪な人ね」
「なけなしの金は払ってあるよ。泊まってく」
「やった」
「次がいつになるか分からないから、楽しませてもらうぜ?」
そして、俺はほぼ全ての残金をメレルちゃんに投資した。
「おはよう。それで、これからはどうするの?どうせ意地でもここ来るんでしょ?」
起きて最初にかけられた言葉が俺の心に刺さる。朝帰りのおじさんたちと腕を組んで帰っていく娼婦の皆さんを見下ろしても晴れそうにはなかった。
「もちろんさ」
「ツケも出世払いも使えないからね」
「出世払いが無しなのはキツイな」
冒険者という職はあるが、依頼を斡旋してもらえるか分からない半分無職みたいな状態の俺には出世する見込みは無いというわけだ。
「出世払いなんて1度も使ったことないでしょ」
「そうだったか?」
俺が肩をすくめると、メレルちゃんはまたくすくすと微笑んだ。
「俺でもやれる簡単な仕事ないかな。給料が高いやつ」
ため息交じりに呟くと、服を手に取り立ち上がったメレルちゃんが振り返る。
「男娼でもやったら?」
まさかの提案だった。しかし彼女は至極真剣なようで、とっさに顔を見るとふざけた様子は一縷もなかった。
「いやぁ、愛想がねえからさ」
「私と話すときみたいに喋ればいいのよ」
服を着ながら彼女は内線で俺が帰ることをフロントに伝える。
「本心で話してるだけだよ。そんなんしたら大喧嘩になって3日で解雇だ」
「3日あれば少しくらい稼げるんじゃない?」
「それでまたここに来いって?」
「そういうこと」
メレルちゃんはいたずらっ子のような顔で笑った。
「やっぱり、冒険者やるしかねえか」
「得意なんでしょ?」
そろそろ出る準備をしなければ、と重い腰を持ち上げる。朝になって逆に静かになる歓楽街が俺の新しい門出をジッと見つめているようだった。
「得意なもんか。追放された身だぞ?いっそ、追放された奴だけ集めて新しいクランでも作ってやろうか」
「ヤケにはならないでね。私も金の壺が減るのは嫌だから」
「そりゃ、死んでもいられないな」
メレルちゃんなりに応援してくれてるんだろうが、言い方がひどいな。だが、こんな会話も俺と彼女の間ではよくされてきたものだ。頑張るしかないなら、頑張るさ。そんな極めて消極的な考えを巡らせていると、彼女が思い出したように近づいてきた。そして、俺の手を取り上目遣いをする。
「ねぇ、マーくん。お願いがあるの」
「なんだ?なんでも言えよ」
「私ぃ、コカトリスの卵が食べたーい」
まるで父におもちゃをせがむ貴族令嬢のような雰囲気でメレルちゃんは俺に引っ付いてくる。体を重ねて朝を迎えた後でも嬉しい感触に負けて俺はうなずいた。
「コカトリスの卵?もちろ……待て待て待て、コカトリスの難易度を調べてから言ってくれ」
「難易度5って聞いたよ?」
「誰から?」
「ママさん」
ここの娼館”ビューティーキャット”のオーナーであるマーマレードさんの差し金だったようだ。しかし、勘違いしてもらっては困る。
「コカトリスの卵の入手難易度は基本的に6!5に下がるのはコカトリスが不在の時だけだよ。それに、コカトリスの卵は人間以外も狙うから最悪の場合難易度7以上になることもあるんだから」
「思っていたより危険なのね」
「そう、危険なの。それと、俺の冒険者ランクは4だ。コカトリス本人がいなくても身の丈に合ってないんだから」
メレルちゃんの発言を突如たしなめ始めた俺に、しかし彼女はそれでも引き下がることはなかった。
「でも、コカトリスの卵食べたいの」
「……何か理由があるんだな?」
「……うん」
少し不貞腐れたように唇を曲げたメレルちゃんはベッドに思い切り座ると足をパタパタさせながら話し出した。
「ケイロンさんいるじゃない?」
「え?あいつ」
「そう、マーくんが前連れてきた人」
「何?あいつ、あれからここに来てるの?」
「え、うん、来てるよ」
俺は潔白だみたいな顔してあいつも遊んでいたのか。
「マーくんみたいに散財しないけどね」
メレルしゃんは床に転がる数本の高級酒のビンを見て俺をジト目で睨む。
「いやぁ、あれ美味いし?」
「高級品なんだから当たり前でしょ?」
「すいません」
娼婦に金の使い方を咎められるのは不思議な感じだが、彼女のジト目も悪くない。
「それでね?」
ずっと立っているのもなんだと座った俺の膝にメレルちゃんが座り続きを話し始める。
「ケイロンさんのお気に入りの娘がね――」
あいつ、お気に入りの娘なんていたのか。一言もそんなこと聞いたことなかった。
「ケイロンさんにアフターした時に、コカトリスの卵を出してる店に連れて行ってもらったんだって」
「なるほど?」
「それを何度も自慢してくるの。だから、すっごい食べてみたくなっちゃって」
「食べたいだけなら俺より強い冒険者に頼めばいいのでは?」
至極真っ当そうな意見を言うと、メレルちゃんはまたジト目で俺を睨んできた。
「石になっちゃうんだから頼めるわけないでしょ?」
「俺はいいのかよ!」
「マーくんは大丈夫でしょ?」
「それは複数人パーティな上、俺が隠密を得意とする適正持ちだからだよ」
俺みたいなシーフの適性を持つ人たちは、根が暗いか隠密を好むような消極的な性格をしている奴がほとんどだ。そんな奴らは遠距離からの攻撃だったり暗殺を得意とする。だから、遭遇即死みたいなモンスターには強いのだ。
「じゃあ……むり?」
「1人になった俺には難しい試練だ」
「そっかぁ」
実に残念そうに俺の膝の上で肩を落とすメレルちゃん。
これからは堅実にいかないと生きていけないのだ、許してくれメレルちゃん。
しかし、彼女は何か思いついたようにハッとすると俺の首に抱き着いた。
「ねぇ、もしだよ。もし、卵持ってきてくれたら恋人になってあげてもいいよって言ったら、どう?」
俺はその言葉に全身の筋肉をフル稼働して立ち上がっていた。
「本当か!?」
必然的にお姫様抱っこの体勢になり抱きかかえられたメレルちゃんが俺の腕の中で呆然としている。
苦節6から7年ほど。ほぼ毎週末のように通ってきた甲斐があるというものだ。
前言撤回などして欲しくないから俺は彼女を抱き寄せる。
「本当に恋人になってくれるのか?」
「え、えと、あの、あ、愛人だったらいいよ!」
「それでもいいさ!」
なぜだか真っ赤になって顔を隠してしまうメレルちゃん。
決して愛人で良い訳はないのだが、それでも俺はそれで承諾していた。しかも男とは浮かれやすいもので、俺はすごいことを口走った。
「卵どころか、コカトリスも狩って親子丼作ってやるよ。ビューティーキャットのみんなで食べようぜ」
出来る限り爽やかに笑顔を向ける俺に、メレルちゃんはピースの手で両目を突き刺した。
新しい物語、また書き始めます。