ラウンド5
翌日の放課後、俺は湊に図書室に呼び出されていた。
「昨日のことは水に流す。たまたま偶然的にお隣さんになっただけだ」
「そうだな。たまたま偶然的に、な」
バチバチと火花が散るようなにらみ合い。あの後、喧嘩は大家さんによって鎮められた。
「受け取っておけ!」と湊に渡された茶菓子は昨夜の内に胃袋におさらば。湊は一つ息を吐いて腕を組む。
「今日呼び出したのは不毛な喧嘩を続けるためじゃない。勉強を教えるために君を呼び出した。高城さんに頼まれたからな」
「無視すればいいものを」
「そうにもいかない。一応クラス委員だ、クラスから補習者を出したくない」
「心配どうも」
仕方なく湊の隣に腰掛ける。数日前までは一緒に勉強するなんて想像も出来なかった。不良と風紀委員が並んで勉強しているなんてなんとも愉快な光景である。
「どの教科が苦手なんだ?」
ノートを開きながら湊が尋ねてくる。
「数学と英語、国語に社会と理科」
「全部じゃないか」
「悪いか。勉強苦手なんだよ」
自慢じゃないが、昔から勉強が苦手で授業もさっぱり頭に入ってこない。中学までは記憶力でごまかしていたが、高校はそうもいかなかった。
「数学からいこう」
参考書を開き、湊に教わりながらペンを走らせ始めた。
湊の教え方は丁寧でわかりやすい。問題が驚くように解けていく。
「そこは代入して……」
「これを持ってくるんだな?」
「なんだ、出来るじゃないか」
「お前の教え方が上手いからだ。俺の力じゃない」
お世辞抜きに湊は凄かった。
要点の伝え方が上手く、応用も出来ている。さすがに学年トップだけある。
「おだてても何も出ないぞ」
「はいはい、そうですか」
少しは照れたりしたらどうだ? 湊は強気な表情を崩さず次の問題へと移行していた。
しばらくして、陽が落ちてきたので勉強会は閉会となった。
「私は帰る」
「おい待て」
「なんだ?」
「どうせ同じ方向に帰るんだ。送ってってやる」
「……頭でも打ったか?」
「うるせえ」
一応、湊は女の子。陽が落ちてきている中を一人で帰すわけにもいかない。気は進まないが、帰る方向は同じだ。
「意外に優しいな」
「言っとけ」
鞄を肩にかけ、図書室を後にした。
下校途中、無言で帰っていると湊が急に話しかけてくる。
「山村君」
「なんだ?」
「君は自炊をしているか?」
「突然どうした」
「君も一人暮らしだろう? 参考に聞きたくてな」
「一応しているが?」
「意外だな。コンビニで済ませているのかと」
「どういうイメージなんだ」
「散らかり放題の部屋に住んでいる不良のイメージだ」
俺の部屋は清潔だし、料理もできる。
隣に湊が越してきたからって、どきどきの料理イベントが起こるわけないし、仲良くなるわけでもない。
「ところで山村君」
「今度はなんだ?」
「昨日カレーを作りすぎたんだが、食べるか?」
「……お前こそ頭打ったんじゃないのか?」
言い返したつもりだったっが、湊は意味がわからないようできょとんとしていた。