ラウンド3
考えても仕方ないので教室に戻るとHRが始まっていた。
「お、山村も戻ってきたか。湊は先に戻ってるぞ」
「お前、いつの間に」
「君が遅いからだろう」
「なんだと?」
「なんだ?」
湊とにらみ合っていると、薫ちゃんが笑いながら茶化す。
「さすが犬猿夫婦、仲がいい」
「良くない!」
「良くありません!」
「返しも一緒じゃないか」
なんだよ犬猿夫婦って、そんな一括り願い下げだ。湊は付き合いきれないといった様子でそっぽを向く。本当に可愛げがない。パンを届けるため教卓に向かうと、薫ちゃんは「あんがと」と受け取って食べ始めた。
「えー、もふもふ、来週から、もふもふですが」
「薫ちゃん食べるか喋るかどっちかにしたら?」
「じゃあ食べるわ。山村、プリント配っといて」
「えぇ……」
薫ちゃんは椅子に座ってしまう。
教室を見渡すと湊は睨んでいるし、凛は楽しそう笑っていた。他のクラスメイトも何も言わずに俺を見ている。後方からはパンをもしゃもしゃする音。
なんなんだこのクラス……。まともなのは俺だけか?
仕方なくプリントを配ると、薫ちゃんは二袋目を開けていた。
「ありがとう山村。席に戻っていいぞ」
パンを頬張りながら言う薫ちゃん。マイペース過ぎて付いていけない。席に戻り配られたプリントを見ると、定期試験のお知らせだった。
定期試験、学園祭前に乗り越えなければならない壁である。勉強はしたくないが、補習で残されるのも面倒くさい。気は進まないが凛に教えてもらうか。
HR終了のチャイムが鳴り、休み時間。凛がにやつきながらやって来る。
「不良のくせに先生の言うこと聞いて……、ぷぷ。伊織は見た目ヤンキーのくせに優しいねぇ」
「うるせえ」
無視したら薫ちゃんに大量の課題を出されるのが怖いなんて口が裂けても言えない。
ただでさえ凛は子供の頃からの腐れ縁で、恥ずかしすぎる黒歴史を知られているのだ。これ以上弱みを握られることは死を意味する。
「またカレーパン買ってきたの? 好きだねぇ」
凛は俺の机に置いてあるカレーパンを指差して笑う。さっき購買に行ったついでに買ったものだ。
「悪いか。それより凛、後で勉強教えてくれ」
「あー、無理。もう他の人に頼まれちゃった」
てへ、っと凛は舌を出して見せるが全然可愛くない。
どうしてくれる? 知り合いで勉強が出来るのはお前しかいない。このままじゃ赤点まっしぐらだ。
「俺も交ぜろ」
「いいよ。ただ、女装してきてね?」
「は?」
「だって、女の子しかいないもん。男子は交ざれないにゃ」
悪戯に口角を上げる凛。勉強を教わるには女装するしかないのか。……不良の俺が女装なんて。
頭を抱えていると凛は俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ伊織。勉強なら凛じゃなくても教えてくれる人がいるよ」
「誰だよ?」
「すぐ近くにいるじゃない。ほら」
「わからん」
「鈍いなあ。ねえ湊さん、山村君が勉強教えてほしいって」
凛は当然のように隣で予習していた湊に声を掛けた。
おいおい、どうして俺の天敵に声を掛ける。確かに湊は勉強は出来るが、教わるなんて願い下げだ。
「なんで私が」
「湊さん、勉強得意でしょ? お願い、伊織はボッチで女装趣味があって勉強が出来ないの」
「さらっと余計な情報付け加えないでくれる!?」
「山村君にそんな趣味が……」
「湊も信じるなよ!」
このままじゃ俺が女装趣味のボッチになってしまう。湊になじられるのだけは避けたい。
「ほら、伊織もお願いして」
「嫌だ」
断固拒否の姿勢を取ると凛は身をかがめて耳元でボソッと呟いた。
「昔大雨の時に外で雷を召喚するとか息巻いた結果、一週間寝込む風邪引いたって学校中に流しちゃうよ?」
否定しようにも事実なので否定できない。
凛の顔の広さは学校でも有名だ。凛に従わなければ、明日には学校の笑いものになっている。
それだけは避けたい。つまり、残された選択肢は一つ。
立ち上がり、隣の女に向かって頭を下げた。
「湊さん! 勉強教えてください!」
「ええ!?」
この日、俺は初めてプライドを捨てた。