ラウンド24
聞いてしまった。聞かなければよかったのに。
引っ込めようにも戻すことは出来ず、ただ湊を見つめることしかできない。
「え、え?」
湊は目を大きく見開き震えている。
「な、なんで……? どうして? どうして知ってる?」
明らかに困惑した表情で、俺を真っ直ぐに見つめる湊。真相を確かめたかっただけなのに怖がらせてしまっている。もう、俺に取れる選択はこれしかない。
「実はさ。……俺がイオなんだ」
「イオ? ……え、え!? イオって、私がSNSで話してるあのイオ!?」
「お、おう」
湊は茹でだこのように顔を赤く染める。恥ずかしさに頭を抱え、声にならない声を上げならパニックになっていた。
「そ、そんな。ということは、私は好きな人に好きな人のそうだ……。……うにゃにゃにゃ!!??」
「お、落ち着けって」
「落ち着けるわけないだろ! だって、うう、うわぁぁぁ!!」
脳の処理が追い付いていないらしく、湊は逃げるように玄関を閉めた。
「か、帰ってくれ! 今は君と顔を合わさる余裕がない!」
「だけど」
「だけどもへったくれもない! いいから帰れ!」
湊はどたどたと足音を立てながら部屋の奥の方へと向かったようだ。
やはり、いきなり過ぎた。湊にとってみれば、何の心の準備も出来ていなかっただろう。なのに、何も考えず俺は真相を暴いてしまった。
ぎゅっとこぶしを握り締める。また湊を傷つけるような真似を。自分の不器用さが少し嫌になって、俺は制服のままアパートを後にした。
俺は河川敷近くの公園にいた。中学の頃から何かある度ここに来る。柔らかな初夏の風が心地よい。もう夏が来るのか。高校二年生の夏、今までずっと不良やって来たけど、そろそろ進路を考える時期なのだろうか?
色んな考えが浮かぶ中、湊との関係だけはどう考えても答えが出なかった。
「湊……か」
ぼうっと、何をするわけでもなく座っていると河川敷を誰かが走っているようだ。トレーニングだろうか? 何となく視線を移してみると、それは見覚えのある顔だった。
「ユウキ先輩?」
「ん? お、伊織か。ここにいるの久しぶりに見たな。どした? またなんか悩んでるのか、思春期め」
「一言余計っすよ……」
目線を逸らす。するとユウキ先輩は「そう言うなよ」と隣に座った。
「ユウキ先輩まだ走ってたんすね」
「まな。いつの間にか日課になってたわ。んで? 伊織は何を悩んでるのかな?」
「……笑わないでくださいよ?」
「笑わん笑わん」
どうにも信用ならないが、一人で悩むよりはましか。俺は深く息を吸った後、吐き出すように湊とのことを話した。
「ふーん、なるほどな」
話し終えるとユウキ先輩は意外にも笑わず、真面目な顔をしていた。
そうだ、この人はこういう人だった。中学の頃慕われていたのも、面倒見がよかったからと言って過言ではない。ユウキ先輩はしばらく何かを悩んだ後、語り掛けるように口を開いた。
「結局はさ、伊織がどうしたいかだろ?」
「俺が……」
「ああ。湊さんだっけ? その子がお前がSNSでやり取りしていた相手だってのは明白なわけだし。つまりはお前が好きなんだから。後はお前が答えを出すだけだろ」
「……良く恥ずかしげもなく言えますね」
「色恋で照れるなんてまだまだ子供だな伊織は。ま、男なんていつまでもガキだしな」
ユウキ先輩はどん、と俺の背中を叩いて立ち上がる。
「山村伊織! 男ならちゃんと女の気持ちに応えてやれよ!」
そう言い残し、ユウキ先輩はランニングに戻っていった。
応える、か。言われてみれば確かにそうだ。
俺が答えを出せば、この話は解決する。
いつまでも湊のことを信じずに、ありえないと否定し続けている場合じゃない。勢いよく立ち上がり、駆け出した。
息を切らしながら走り、ようやく目的の場所にたどり着く。
大きく深呼吸をし、意を決してインターホンを押した。
「はい」
がちゃ、と扉が開いたかと思うと俺の顔を見た瞬間に閉じられた。
「な、ななな」
扉の向こうから聞こえる湊の声。きっとまた頬を染めているのだろう。
だが、俺には関係ない。俺が伝えたいのはこれだけだ。
「明日、一緒に学園祭巡ろう」
「え?」
「一緒に巡りたい。そして、湊に言いたいことも」
「へ?」
「明日伝えるから。んじゃ、おやすみ」
我ながら恥ずかしい。後方から湊の焦った声が聞こえるが気にしない。
勝負は明日。俺と湊の初めてのデートで決める。
 




