ラウンド20
湊は会話する気がないようで近くに誰もいないとわかると諦めた様子で近くの椅子に座った。そこからは無言の時間だった。湊はぼうっと扉の方を見たまま動かない。俺も俺で弁解すればいいのに話しかけられずにいる。
それが余計にこの場の空気を重くする。
何かきっかけは……。考えていると湊が震えていることに気づいた。
「大丈夫か?」
「何がだ?」
「お前、震えてるぞ」
トイレでも我慢しているのかと思ったが違うらしい。辺りをしきり見渡し落ち着かないような感じだ。
「もしかして、怖いのか?」
「そ、そんなわけないだろ」
「強がるなって。今は二人しかいないんだから」
「……実は、狭くて暗いところが苦手なんだ」
意外だった。湊にそんな弱点があるなんて。思えば俺は湊のことをほとんど知らない。知ろうともしていなかった。こいつとは卒業するまで犬猿の仲だと思っていたくらいだし。だが、最近はどうだ? 勉強会以来、湊と話すことが増えて昨日は二人で買い物だって行った。
驚くべきことである。俺は変わらない学校生活を望んでいたはずなのに。気づけば天敵と仲良くなっている自分がいる。
「俺も狭いとこ苦手でな。早く外に出たい」
「そ、そうか」
「なあ、気晴らしに互いの好きなものでも話そうぜ」
「なんでそんなこと……」
「いいからさ。俺はカレーが好き。湊は?」
「え、えっと……。パフェ」
「ぷふっ、意外と女の子らしいのな」
「べ、別にいいだろう! 君だってカレーが好きなんて子供みたいだ」
「そうか? カレーは全世代皆好きだろ。ほら、他にも教えてくれよ」
そこからは無言が嘘のように会話に花が咲いた。
湊は実は甘いものが好きらしく、コンビニスイーツは毎回新作を買っているようだ。他にも恋愛モノが好きでよくそういうジャンルの本を読んでいるらしい。俺は本当に湊のことを知らずにいた。そして、知れば知るほど俺は湊に興味を持っていた。
「伊織君も見かけによらないことが多いな」
「お互い様だろ。……湊、昨日はごめんな」
「え?」
「昨日のユウキ先輩の一件、ずっと謝ろうと思ってた」
「どうしてだ? 誰と付き合おうと伊織君の勝手だろう……」
付き合う? なんか勘違いされてる気がする。
「もしかして、俺と先輩が付き合ってると思ってる?」
「ち、違うのか? でなければあんな風に押し倒したりなんて……」
やっぱりだ。どうにも勘違いされているらしい。
まあ、そう思われても仕方ないか……。事故とは言え、押し倒したのは事実だし。
「あれは事故。ユウキ先輩が勝手に部屋に乗り込んで来ようとするから、拒否した結果だ」
「ほ、本当か?」
「ああ。だから俺と先輩は付き合ってもいないし、そういう関係でもない」
「良かった……」
「ん? なに?」
「な、なんでもない。そうか、私が勝手に勘違いしていただけか」
「結果的には、な。でも勘違いさせたのは俺だから。すまん」
「あ、謝らないでくれ。悪いのは私だから。でも、ちゃんと弁解してくれるところは好ましいな」
笑みをこぼす湊に、思わず胸が高鳴る。
いつからだろう。俺は湊の笑顔を見る度胸を高鳴らせている。
でも、俺はこいつを好きになれない。だって……。
湊には片思い中の相手がいるのだから。そして、それは多分、俺じゃない。
「ありがとな、湊」
「ううん。こちらこそ」
湊とようやく仲直りしたとき、ガチャっ、と準備室の扉が開いた。
「二人ともごめん。遅れたー」
「っておい、凛。人を呼び出しといてどういう了見だ」
「そうだぞ、こっちは閉じ込められたんだ」
「え、そうなの? ごめんごめん」
にしし、と笑う凛を見て俺と湊は笑みをこぼす。
この時俺は、心のどこかに目が芽生え始めた湊への恋心に気づかずにいた。




