ラウンド1
「なんだその髪色! それでも高校生か!」
「うるせえ! お前こそ決まり決まりって真面目過ぎるんだよ!」
登校間もなく廊下に響く二つの怒号。だが、周りの生徒は気にすることもなく素通りしている。高校二年生になって迎える初夏の五月。茶髪を染め直しただけでこれだ。
朝の恒例行事と言われてもおかしくない。
「いいから直してこい、山村君。規則は規則だ」
偉そうに腕組をし、俺を睨む女。名前は湊紗季。
学校一の美少女名高い整った容姿に抜群のスタイル。加えて品行方正、学業優秀、スポーツ万能と漫画から飛び出してきたような非の打ちどころのない美少女。だが、風紀委員として真面目過ぎるため誰も寄り付かない。「風紀を乱す奴は私が粛清する!」と朝礼で宣言してからは風紀姫と生徒に呼ばれている。
「相変わらず可愛げのない女」
「一言余計だ!」
こいつ、怒鳴る以外の行動は出来ないのだろうか? 黙ってれば可愛いのに。
これ以上関わるのは面倒なので教室に戻ることにする。後ろで湊が叫んでいる気がするが、無視しておく。所詮、あいつとは犬猿の仲でしかない。俺は普通の学園生活がしたいだけで、真面目風紀委員と絡んでいる暇はない。
自分の席に座ると、鼻歌を奏でながら高城凛がやって来た。
「おはよう、伊織」
にやにやしながら俺の顔を覗き込む凛。昔からの腐れ縁で、俺が学校で話す数少ない相手である。見た目は美少女で皆に慕われているが、その実、相当な猫かぶりだということを俺は知っている。
「今日も朝から風紀姫とイチャイチャしたの?」
「してねーよ、見ればわかるだろ」
「もしかして、伊織は風紀姫が好きなの?」
「なんでそうなる!? 話聞いてた!?」
「聞いてる聞いてる、伊織君は凛しか話す相手いないボッチってことでしょ?」
「ボッチじゃねえ!」
いつの間にか凛のペースに乗せられている。いつもこうだ。俺はどうも凛に勝てない。
俺をいじり満足したのか、凛はクラスメイトの方へと向かっていった。ため息を吐きながら外を見ると、校門で長い黒髪を揺らしながら、湊が口うるさく生徒を指導していた。良く飽きないことで。
予鈴のチャイムが鳴る。クラスメイトが席に戻ると、担任の薫ちゃんが眠そうに入ってきた。
「寝不足だ」
ボサボサの頭をかき、欠伸をしながらやる気のなさそうな薫ちゃん。適当に出欠を確認し終えると、いきなり机を叩いた。
「私に朝食を恵んでくれ」
クラス全員、唖然だった。何を言っているんだろう? 生徒に朝飯をたかるつもりだろうか? だが、薫ちゃんは大真面目らしい。
「高城、パンくれ」
「凛に言われても困ります~、あ、山村君が朝大量買いしてました」
「なに!? 山村、よこせ」
「いや、ないっすけど……」
「嘘ついたな。罰として購買で買ってこい」
「ええ!? 嘘ついたの俺じゃなくね!?」
見ると、凛が笑いを堪えながら手を振っていた。あいつ、後で絶対に後悔させてやる。俺は怒りに拳を震わせながら購買に向かった。
購買に着き適当にパンを購入し終えると、朝の指導から戻ってきた湊と出くわした。
「山村君、予鈴後の購買利用は禁止されている」
「仕方ねえだろ、薫ちゃんに頼まれたんだ」
「甲原先生が? ……信じたくないが、あの人ならあり得なくもない」
湊は渋々納得したように顎に手を当てる。
薫ちゃんの認識は湊も変わらないのだろう。良くも悪くも薫ちゃんはフリーダム過ぎる。用は済ませたし教室に戻るか。背を向けると、湊が後ろから付いて来る。
「なんで付いて来る」
「同じ教室なんだから当たり前だろう」
「勘弁してほしい」
「こっちの台詞だ。しかも隣の席なんてあり得ない」
「同感だ。お前が隣なんて虫唾が走る」
「な!?」
「何故好ましくもない天敵を隣にして学校生活を過ごさなきゃならない」
従順で可愛い美少女が隣の席なら良かった。きっと、俺の学校生活は充実していただろう。だが、現実は美少女は美少女でも、いがみ合いするような堅物真面目な奴。
「見た目は可愛いくせに、本当に可愛げのない奴」
「一言余計だぁ!」
小走りに追いかけてくる湊。廊下は走らないという決まりに従った湊なりの追走らしい。俺はそんな決まりは知ったことではないので全力で逃げるが。
「待て、山村伊織ー!」
待てと言われて待つ奴はいない。いつまで経ってもあいつとは相いれない。
ここ藤和高校の日常である俺と湊の喧嘩。
それは、ずっと変わらないはずだった。