ラウンド9
翌日、湊は学校に来なかった。入学以来一度も休むことのなかった湊の無断欠席にクラスメイトも先生もざわついていた。
「あのあと何があったんだい?」
授業終わり、凛が珍しく真面目な顔をして尋ねてくる。
「何も」
「何もなかったら風紀姫が無断欠席はしないでしょ」
確かにそうだが、湊がいじめられていたなんて口が裂けても言えない。あいつのプライドに関わる。
「伊織、朝から機嫌悪そうだし」
「ほっとけ」
「ほっときたいんだけど、皆怖がってるよ?」
「そうかい」
「ねえ、何か隠してるでしょ。だって、伊織隠し事するとき鼻ひくひくするし」
「まじか」
「まじ」
知らなかった。どうにも凛には隠し事が出来ないらしい。
「何があったか知らないけどさ。凛は思う、今風紀姫を助けられるのって伊織だけじゃない? 意地張ってないでさ、たまには助けてあげたら?」
凛は俺を諭すように言う。俺だって湊を助けられるなら助けてやりたい。
でも、何をしてあげればいいかわからない。俺が行ったところで、湊は心音を話してくれるだろうか? あいつはいつだって弱みを見せない。
「悩むより行動だよ」
「簡単に言うな」
「そうは言うけど、伊織は馬鹿だから考えても答えは出ないと思うよ?」
「お前、こんな時まで人をいじるな」
「ごめんごめん。でも、少しは納得したんじゃない? 耳ぴくぴくしてるよ?」
「俺、そんな癖まであるのか?」
「うん、耳がぴくぴくするのは答えが出た時」
にやっとしながら凛は言う。こいつ、励ましてんの馬鹿にしてんのか、はっきりしてくれ。
でも、おかげで考えるの馬鹿らしくなってきたな。頭をかきながら席を立つ。
「おや、どこに行くんだい?」
「トイレだよ。少し遠いところにある、な」
適当に理由をつけ教室を後にした。
学校を出て家に戻る。湊はおそらく部屋に閉じこもっているはずだ。急ぎ足でアパートに向かう。
家に着くと隣の部屋からは物音一つしていない。
インターホンを鳴らすが湊が出てくることはなかった。
「仕方ない奴だ」
俺は自分の部屋の鍵を開け、ベランダに出る。出てこないならこちらから向かうまでだ。先日のように柵を越え、隣の部屋のベランダに飛び移る。
中を覗くと、リビングに湊はいないようだ。部屋の構造は同じだろうし、いるとしたら寝室だろう。窓に手をかけると鍵はかかっていなかった。
「不用心すぎる」
部屋に入り、寝室の方に向かう。完全に不法侵入だが許してほしい。
予想通り、奥の部屋から物音が聞こえたので、扉を開けて中に入る。
「おい、大丈夫か?」
「ふぇ?」
部屋にいたのは着替え中の湊。ピンクの下着が可愛らしい。
唖然としていた湊だが、状況を理解したようで思いっきり赤面しながら服を投げつけてくる。
「ひぃやぁぁぁ!! 変態変態!! また私の部屋に押し入ってきたな!!」
「違う違う! 俺はお前が心配で来ただけだ!」
「え……?」
湊は服を投げるのを止めると、空気が抜けたように立ち尽くしていた。
「お前、今日無断欠席しただろ? だから、様子を見に来た」
「山村君が、私を心配して?」
「そうだ。……服、着てくれ。突然入ってきて申し訳ないが」
「あ、う、うん……」
背を向け、湊が着替えるのを待つ。
「もう大丈夫だ」
振り返ると、先日コンビニに行くときに見たカジュアルな服ではなく、可愛らしい部屋着を着た湊がそこにいた。
「……可愛い」
「え?」
「な、なんでもない。……ごめんな、心配とはいえ勝手に家に入ったりして」
「いい、私も心配をかけたようだしな」
二人、立ち尽くしたまま無言になってしまう。
「とりあえず座ってくれ、お茶を持ってくる」
「お、おう」
言われるまま床に座る。湊は台所の方から飲み物を持ってきて俺に渡すと、机を挟んだ対面に座った。
「大丈夫なのか?」
「一応」
「そうか。思った以上に抱え込んでなくて安心した」
「もう、慣れたから」
「は?」
「昨日のは、はじめてじゃない……。私がここに引っ越してきたのも前に一人暮らしていた家にあいつらが来るようになったからなんだ。怖くて……、逃げるように引っ越したんだ」
苦しそうに顔を歪ませ、湊は声を震わせる。もしかして、ずっと我慢してたのか? 誰にも言わず一人で昨日みたいに震えながら、誰にも心配かけないようにいつも通りに振舞ってたのか? 弱みを見せないにも程があるだろ……!
握る拳に力が入る。許せなかった、湊にこんな顔をさせるあいつらが。
「湊」
「なに?」
「俺が助けてやる」
「え、でも……。山村君は私が嫌いだろう? なのに、どうして?」
「確かにお前のことは気に食わない。校則を守らないだけで毎日のようにいがみ合ってるからな。でも、俺はそれ以上に、湊にそんな顔をさせる奴が気に入らない。お前は俺と張り合ってるくらい元気なのが丁度いい」
お茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「あと勘違いすんな。俺は気に食わないだけで、湊のことは嫌いじゃない」




