プロローグ
「我慢しろよ」
学校の廊下を背中に人を乗せ走っている。目指すは保健室。背中に乗る少女の息は荒く、体は熱を帯びていた。こんなに体調が悪くなるまで何を我慢していたんだか……。犬猿の仲であるこいつを助ける理由なんてない。でも、夕暮れの学校に誰もいなかったのも事実で背に腹は代えられなかった。
――倒れられたら張り合いがない。
なんて言い訳を盾にして。
「着いたぞ」
保健室の扉を開けると医務の先生はいない。仕方なくベッドに背中の少女を寝かせると、いつもは可愛げのない怒り顔が辛そうに歪んでいた。
「……助けられるなんて、不服……」
こんな時でも口数が減らない辺り、さすがに普段いがみ合うだけはある。
余裕ぶった発言とは裏腹にかなり弱っているようだが。
「黙って寝てろ。医務の先生を呼んでやるから」
保健室を後にしようとすると、苦しげな声で俺を呼び止めた。
「山村伊織……!」
「なんだ? 喧嘩なら後でしてやるから、今は大人しく寝て……」
――ありがとう
「は? 今なんて?」
「うるさい、なんでもない!」
そう言って枕を投げつけてくるあたり、まだ元気があるらしい。
保健室の扉を閉めさっさと退散する。早く医務の先生を呼んでバトンタッチしたい。
これ以上あいつのお守なんて勘弁だ。
……いや、そんなわけない。
あの堅物真面目風紀委員が俺に感謝なんてありえない。言われてたとしたら、気味が悪い。明日雪でも降るのではなかろうか?
だが、聞こえた気がしたありがとうの言葉が耳から離れずにいる。
今思えば、これが犬猿の仲である湊紗季が初めて俺にデレた瞬間だったのかもしれない。