Act.05 馬車にて
エルミルダ王国は四方を別の国家に囲まれた内陸国である。
国の北側に王都『ミルダ』国の中央には商人の街『ルカド』、東には鉱山の街『ベルクス』、南西には農業の街『アスル』。
計4つの都市と複数の街、村で構成された領土は付近の国家に比べて矮小で……いわゆる小国である。
俺とキャシーはどうやらそのエルミルダ王国によって異世界……日本から勇者として召喚されたらしい。
「で、なんで俺たちが選ばれたんだよ」
王都『ミルダ』へ向かうという馬車の中、俺とキャシーは第3王女ミーシャからいろんな説明を受けていた。
異世界へ召喚されたなんて納得はまだできていないが、あのゴブリンもどきやスライムを見た以上信じる他あるまい。
「それは……私にもわかりません」
「わからないってどういうことよ! それにいきなり連れて来られて、はい勇者様って何なのよ!」
この話ばかりはキャシーに同意だ。
突然、この世界に連れてこられて勇者になれだなんて素直に受け入れるわけがない。
「ご、ごめんなさい。私たちが選んだわけではありませんでして」
「つまり、ランダムってことか。運がないなキャシー」
「なんで運がないのが私なのよ! あんただって召喚された勇者の一人でしょ」
「俺が勇者? 知ってると思うが俺はただの商人だぞ。訓練受けてるキャシーの方が勇者にふさわしいと思うんだが」
「こういう場合は無能な方がチート能力持ちの勇者って相場が決まってんのよ! お約束でしょ」
「お約束って、漫画とか小説の話か?」
「はぁ……そうね、あんたにテンプレの話をしたって無駄だもんね」
残念ながら俺にはキャシーが読むような漫画や小説の知識はあまりないのでテンプレなんて知るわけがない。
というかキャシーは俺よりも順応しているようだ。
これも漫画や小説の影響なのだろうか。
「お二人は仲がよろしいのですね」
『よくない(わよ)』
日本のオタク文化のためにキャリアを蹴ってまでCIAから公安警察へ出向するような奴と仲良いわけないだろ。
それに俺は武器商人でキャシーは警察。水と油。混ざり合うことなんて決してできるはずがない。
「なぁ、ミーシャさん」
「はい、なんでしょうかアキラ様」
「俺たちは結局、何をすればいいんだ」
この世界についていろいろ話を聞いているがドラ●エみたいに魔王がいるわけではないらしい。
さっきのゴブリンやスライムみたいなモンスターはいても野生動物みたいな扱いであまり危険視されているわけでもない。
目的がわからない。
俺たちを呼ぶ理由がないとなんだか釈然としないのだ。
「詳しくはお父様よりお話いたしますが、あなたたちにはドラゴンを倒してほしいのです」
「ドラゴン!?」
ドラゴン。
その言葉を聞いただけでキャシーだけでなく俺もテンションが上がる。
「数か月前より東の山にドラゴンが住み始めたんです。最初はおとなしかったのですが、1か月前より人々を襲うようになりまして……」
「それで私たちを呼んだワケね」
「はい」
人を襲うドラゴンから人々を救う。
うん、ちょっとゲームっぽくなってきたな。
これで伝説の剣とかを王様からもらえれば文句なしだ。
「じゃあ、これから王様から伝説の剣をもらいにいくのね」
!?
俺が考えていたセリフをキャシーに言われた。
まさか、キャシーと同じ思考回路だなんて。
「伝説の剣ですか? 特にありませんが」
「なんですって! 勇者を呼んだならあるでしょ。伝説の武器。勇者にしか扱えない武器が」
「ご、ごめんなさい。他の国ならあるかもしれませんが、我が国にそういった物はありません」
「じゃ、じゃあ。どうやってドラゴンを倒せばいいのよ」
「……それは勇者様方の努力と根性です」
努力と根性。俺からは最も遠い存在だな。
うん。さっさと逃げよう。
「なるほどな。じゃあ、キャシー後は頼んだ」
「なんで馬車から逃げ出そうとしてんのよ」
逃げようとしたらガシッと手をキャシーに捉まれてしまった。
「一介の商人がドラゴンを倒すなんてできないだろう」
「大丈夫よ。勇者に転職すれば問題ないわ」
「どこのゲームの商人だよ。知っての通り俺はただの武器商人なんだって」
「ふーん、ただの武器商人ねぇ……」
武器はたしなみ程度にしか扱えないただの商人。
そのはずなのになんだかキャシーの瞳が冷ややかである。
「はぁ……もう逃げないから離してくれよ」
「いいわよ、その代わり。コレで逃げられないようにするわよ」
「て、手錠!? どこにそんなもん持ってやがった!」
「手錠は警察官のたしなみよ。1人1つ。警察なら事務員ですら持ってる必須アイテムよ」
「なわけあるかい。逃げないからそれだけはやめてくれ」
「そう。せっかく使えると思ったのに残念ね」
「お前が使いたかっただけかい」
ブンブンと手錠を振り回しながらつまらなさそうに呟く。
むやみに拳銃をぶっ放したことといいキャシーは警察には向いてないんじゃないか。
「それよりもミーシャ。ドラゴンを倒したら私たちって元の世界に帰れるの」
「それは……申し訳ございません。私の知っている限り帰れる保障はございません。ですが、安心してください。生活については我が国がサポートいたします」
帰れる保障はない。
つまり、ドラゴンを倒しても倒さなくても俺たちはこの世界にいなくちゃいけないってことか。
生活をサポートしてくれるなら安心だが、元の世界に未練がないと言えばウソになる。
あの会社の仕事はあまり好きではなかったけど、少し心配ではある。
でもまぁ、その程度だ。確かにあっちでやりたいことはあったけど、どうしてもってほどではない。
俺よりも切実なのはキャシーのほうだった。
「う、うそ……」
とつぶやきながらズーンと沈んでいる。
おそらく、アニメとか漫画の続きが読めないことにショックを受けているのだろう。
しばらくはそっとしておいてやろう。
「なぁ、ミーシャ。さっきから聞いてると思うが俺はこいつと違って商人だ。勇者なんてやれるわけないんだが、俺にも戦えってことなのか」
「大丈夫です。アキラさんはおそらくキャシーさんの巻き添えです。気にされる必要はございません。ですが、父……国王には会っていただきます」
まぁ、今後の生活を保障してくれるというのだ支援者≪パトロン≫には会っておいて損はないだろう。
それにこの世界でぐうたらするわけにもいかないだろう。国王にさっさと会って金せしめて商人でも始めるとしよう。うん、それがいいに違いない。
こうして、俺のこの世界での方針は決まった。
チラッとキャシーの方を見てみる。
キャシーはまだ沈んでいるようだ。ご愁傷様。
CIAのプロフィールどおりならきっとドラゴンくらい倒せるだろう。
きっとそうに違いない。
俺はそう納得するとミーシャにこの世界のことを聞いてみた。
商人を始めるならこの世界の情報は不可欠だ。
こっちの真意は伏せておいてそれとなくいろいろ情報を聞き出すことにしよう。
王都へ着くまでまだ時間がかかるという。しばらくはミーシャには話相手になってもらおう。