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Act.01 武器商人、異世界に立つ



 東京――羽田空港。

 国内外から多くの旅客機を迎え入れる空港に俺は降り立った。

 いつもどおりの髪型(少しボサッとした黒髪)に我ながらあまり似合わない黒色のスーツに赤色のネクタイ。


 周りの人から見ればいかにも就活生のような恰好だが、これは俺にとってのビジネススタイルだ。

 この恰好と相まって見た目は10代とよくよく舐められることも多いのだが、これでも21歳になったばかりだ。


 ドバイから始まった10時間以上におよぶ長時間の旅だったが、旅客機《ジャンボ機》よりも酷い空の旅を経験したことのある俺にはささいな問題であった。

 愛用のイリジウム携帯を取り出すと社長から不在着信が入っていた。


 着信時刻は数分前。


 明らかに俺が日本に降りたタイミングを見計らったのだろう。

 渋々と折り返し電話を掛けると社長はワンコールで出やがった。


「――だから、出る前にも言ったけど、トルコ工場は軌道に乗ったからもういいだろ……えっ今度はイエメン? ちょっと待てよ! 今、日本に戻ったばかりだぞ! ちぃ、そうか……わかったよ」

「くそ、人使いの荒い社長め」


 案の定、次の仕事(、、、、)の話だった。

 

 約2年もの間、トルコの僻地でほぼ不休で働いていたため長期休暇をもらったのだが、今の電話でその半分が消えてしまった。

 悪態をつきながらも預けておいた荷物を受け取ってから入管へと進む。


 俺の名前は栖原すはらアキラ。高校卒業と同時にとある商社へと就職した俺は就職と同時にトルコの工場勤務となった。

 少年時代を海外で暮らしていた経験もあったし、社長とも昔から面識があったので簡単に引き受けたんだが思った以上にめんどくさかった。


 そのため、この長期休暇でゆっくり羽を伸ばそうと思っていたのだが、それもさっきの電話で全ておじゃん。しかも今度はトルコよりも危険なところへ出張だ。

 いくら俺の仕事が危ない仕事だからといって危ないところへ好んでいきたいとは思わない。



 つつがなく入国を済ませ、税関から荷物を受け取ると空港のターミナルへといそいそと移動する。

 長らく海外にいたので日本の空気は懐かしい。これまで読めない言語に囲まれていたため日本語の看板やアナウンスは新鮮だ。


 英語ならある程度は読めたり話したりできるのだが、トルコの公用語は全然できない。英語や日本語のように昔から使ってたわけじゃないから一から覚えるのも一苦労だ。

 普通よりも重くて頑丈なキャリーケースをコロコロと運ぶ。


 日本の空港はトルコの空港よりも道や設備が整っていて良い。もちろん、トルコの空港が整っていないわけではない。

 空港……特に国際空港と名の着く施設はどんな国であっても整っており近代的だ。しかし、日本の空港はその中でも群を抜いている。


 そこここにいるピクトさんたちが日本語や英語を読めない人のために案内役を買って出ており、誰にでも直感的に進むべき道を理解することができる。

 ああ、これこそが現代的モダニズムって奴だ。


 そうやって日本の素晴らしさを満喫していたところ、俺に近寄ってくる人影があった。


「Excuse me」


 すみませんという意味の英語。俺は相手に気付かれないようにため息を吐いてから顔を向けた。

 そこには見事なガイジンさんがいた。流れるような金紗の髪、スカイブルーのような青い瞳。すっきりとした顔立ちに透き通るような白い肌。


 少し流暢りゅうちょうな英語で話しかける若い女性。

 彼女は人懐っこい笑みを浮かべてびるかのように言葉を紡いだ。


「わたし、にほんご、あまり、わかりませ~ん。みちをおしえて、もらえませんか?」


 カタコトの日本語。片手には旅行用のキャリーケースを持ち、もう一方の手でガイドブックのようなものを広げている。


 あきらかに旅行者といったスタイルだ。たぶん、街にいる10人の人に彼女は旅行者かと聞けば全員が旅行者だと答えるであろうほどの百点満点な旅行者スタイル。


 だが、俺を欺く(、、、、)には少々、杜撰ずさんだ。


「すまない、これでも休暇中なんだ。仕事をする気はないから安心して帰ってくれ」

「え……な、なにをいってるのでしょうか?」

「だから、つまらない演技(、、)を止めてくれ、キャシー・ブライトン……いや、キャシー・ハイザワ・ブライトン」


 俺の言葉に面を食らった彼女がいっきに身構える。

 安穏とした旅行者の顔つきがキリっとした表情へと変わる。

 持っていたガイドブックを投げ捨て、背中へと手を伸ばした。


 背中すなわち、俺の視線から外れた死角。

 そこに手を伸ばすということは十中八九、物騒なモノを構えようとしているのだろう。


 さすがはよく訓練されたプロ。

 明らかに動揺しているのにも関わらず動きに乱れがない。


「な、なんでバレたのよ」


 白い肌にうっすらと浮かび上がる汗。

 さきほどまでのカタコトだった日本語は鳴りを潜め明らかにネイティブな発音をする彼女。

 俺は彼女のことをすでに知っていた。もちろん、非合法な手段でだ。


「なんでってそりゃ、人の周りをコソコソと嗅ぎまわるようなストーカー野郎くらい調査するっての」

「ちょ、調査なんて、私はこれでも――」

「CIAの父親と日本人の母親を持つアメリカ生まれで日本育ちの公安警察だろ」

「名前はともかくとしてどうやって私のプロフィールを!?」

「どうやってって……公安やCIAだからといって末端構成員の情報くらい簡単に入手できるよ。まぁ、キミがどうして俺に接触してきたのかまでは知らないがね」

「くっ……仕方ないわね、栖原アキラ。私の名前はキャシー・ブライトン。あなたの言う通り公安警察よ。わかってると思うけど、この国(日本)であなたに自由はないと思うのね」

「やれやれ、監視ってわけか。顔を見せた理由にはならないが……ってか日本にもプライバシーって概念はないのかよ」

「その様子だとトルコでも監視されていたようね、ご愁傷様。でも、安心しなさいここでは私があなたを監視することになったわ」

「そうか、さっきも言ったとおり俺は仕事じゃなく休暇で帰国したんだ。そこのとこよろしくな」

「さぁ、あなたの都合なんて知らないわ。それにCIAの要注意人物ブラックリストに載るような、ウェポンディーラー(死の商人)の言うことなんて信じると思う?」

「もう好きにしろよ、俺は少ない休暇を満喫しにきたんだ。休暇の邪魔だけはしないでくれよ……ほいじゃな」


 俺はそれだけをキャシーに告げてから空港の出口へと向かう。

 俺の就職先はいわゆるウェポンディーラー(死の商人)と呼ばれる仕事を主に行っている。


 トルコでの武器《、、》工場設営は仕事の一環。

 本来、ウェポンディーラー(死の商人)であるうちの会社だが、最近は製造側にも参加しているのだ。


 そんな危険な仕事を生業としている俺は仕事先のトルコでも現地警察からマークされていた。

 まさか日本でも同じようにストー……ゲフンッ……監視されるとは思わなかったがな。


 トルコで俺の日本行きが決まってからコソコソとネズミが嗅ぎまわっていたときはきな臭いとは思ったが、本当に監視がつくとは俺もびっくりだ。

 これで数少ない休暇もゆっくりできそうもない。


「ちょっと、待ちなさいよ」


 俺の苦悩を知らずか、キャシー(ストーカー)は堂々と俺の跡をつけてきた。

 律儀にもさっき投げ捨てたガイドブックを拾ってから彼女はキャリーケースをコロコロと引っ張りながら走ってくる。


「はぁ、仮にも監視者スパイなら静かにストーカーのように後をつけろよな」

「うるさい、わたしは監視者スパイじゃないわ。警察よ警察。おかしな動き見せたりしたら即逮捕なんだから」


 おかしな動きを見せたら――ということは今の俺を捕まえる材料が警察にはないということだろう。

 だが、即逮捕というのは少し困る。

 コネを使えば軽犯罪くらいは揉み消せるが重くてあまり持ち運びたくない荷物を持っているし、貴重な休暇を潰されるのも面倒だ。


「(面倒だな。置いて行ってもいいが疑いはかけられたくもないしな)」


 さて、どうするか。逃げるにしても相手は公安警察。どうせ日本での俺の居住地くらい目星をつけている。

 それにあらぬ誤解を受けるわけにもいかない。


 やはり、ここは穏便に話し合いで済ます方向で行こう。

 空港のターミナルから外へと出た俺はついてくるキャシーの方へと向いた。


「なぁ、さっきも言ったとおり俺はただの休暇なんだ。1週間もしたらまた海外へ仕事に行くんだ。だから、日本にいる間くらいゆっくりさせてくれないか?」

「何言ってんのよ、あんたみたいな危険人物を野放しにすると思う?」

「危険人物って俺は別に――」

「テロ組織への武器供与疑惑に紛争地帯での商業活動。銃の無い組織に小銃を、小銃を持つ軍隊には銃弾を……CIAであなたのことをなんて言われているのか知っていて言ってるの?」

「……」


 そういう風に言われると言い返すことはできない。

 いくら、俺に武器を売るまっとうな理由があったとしても売られた武器によって起きることくらいは理解しているつもりだ。

 

 ここは何か言い返そう。そう思った矢先、キャシーの口が開いた。


「わかってるとは思うけど、日本ココで武器を売ろうなんて思わないでね武器商人」


 冷たい瞳。スカイブルーの瞳を冷たいと感じたのは久々だ。


 俺はフンっとそっぽを向いてキャシーから逃げ出した。

 逃げ出したと言っても物理的な意味ではない。心理的な意味でだ。


 まっすぐな瞳。綺麗で美しくて誰の言葉にも耳を貸さない信念のある瞳。

 もしも彼女がそんな純粋な瞳を向けていなければ俺は多分、いつもように悪態をついて彼女の言葉を「くだらない」と一蹴したであろう。


 だが、俺には俺の信念がある。

 だからこそ、彼女の信念に言い返すような理不尽なことはしない。


「あんまり、休暇の邪魔はしないでくれよ」

「わかってるわよ」


 観念した俺はそうキャシーに告げてからこれからの予定を組み立てなおす。

 そして、自宅へ帰ろうとタクシー乗り場へ向かおうとした。


 そんなときだった。


 声がしたのは……



【みつけた】



 ひどく明瞭感のある声だった。


 どこの国の言葉かはわからなかったがなんと言っているのかは何故か理解できていた。

 しかし、それよりも気になったのはその声の発信源である。


 キャシーでもなければ他の誰かが発したわけではない。

 クリアで雑音の無い声はたしかに俺の中から聞こえていた。


「え、何か言った?」


 その声はキャシーにも聞こえていたのかしきりに周囲を見回している。



【お願い……助けてください――】



 その声が聞こえた時、周囲が突然明るくなった。


 まるで夜に閃光弾フラッシュバンを食らったかのような真っ白な光。まばゆいその光を俺は右腕で遮ると地面へ伏せった。

 破裂音も銃声もない。当たり前だ。ここは戦場なんかじゃない、現代日本なのだ。


 昔から染みついた習慣のせいで伏せってしまったが比較的安全であるここでは奇妙な光景に見えるだろう。

 少し恥ずかしいと思いながら立ち上がろうとしてその異変に気付いた。


「ちょっとなによ、これ!」


 キャシーが驚く声が聞こえた。

 しかし、俺はその声よりももっと別のことに気を取られていた。


 湿った地面の感触に頬に当たる草。むせ返るような緑の匂いは鮮烈。


 俺はアスファルトの上に転がったはずなのにいつの間にか地面がすり替わっている。

 いや、それだけではない。先ほどまで聞こえていた空港特有の音がまったく聞こえない。


 代わりに鳥の声や木々のざわめきが聞こえる。


「な、どうなってんだコレは!」


 周りには人工物が一切なかった。

 それどころか周囲はアマゾンのような密林。太陽の光が木々に遮られ、鬱葱うっそうとした森が広がっている。


「ちょっと、コレはなんなのよアキラ!」

「いきなり呼び捨てかよ。ってか、いつから日本はアマゾンになっちまったんだ」


 ついさきほどまで羽田空港にいたはずなのに気づけば森に囲まれていた。

 新手のアトラクションだろうか。それにしては突然すぎるが……。


 なにが起きたのかはわからなかったがとりあえず俺は状況確認として自身の持ち物を再点検する。


 腰に巻きつけていたポーチはあるし、右手に持っていた重くて頑丈なキャリーケースはすぐ傍に転がっている。

 どうやら、俺の持ち物は問題ないらしい。


 次に俺はキャシーの方へと向いた。キャシーもさきほどと変わらぬ服装にキャリーケースを持っている。

 背中にある重くて物騒なモノも無事みたいだ。


「ねぇ、なんなのよアキラ! あなた何かしたの? 答えなさいよ!」


 さて、と。

 軽く状況確認を終えると少し前から騒いでいるキャシーへを顔を向ける。


「落ち着け俺だって何が起きたのか知りたいくらいだ。たしかなことを言えば、ここは羽田空港じゃないってことくらいだ」

「そんなの見ればわかるわよ。なにこの密林。羽田空港どころか東京23区にもこんな原生林なんてないわよ」


 少なくとも東京のどこかというワケではなさそうだ。

 となると考えられるのは……


「タイムトラベルしたか、どこかにワープでもしたか……」

「羽田空港にはデ●リアンも無ければハ●パードライブもなかったわよ」


 確かに某映画に出るような装置が空港にあればこの現象の説明はつくだろうが残念ながら空想の産物だ。

 ちなみにデ●リアンは実在するけどあの映画のようなスーパー機能はついていない。


 俺は再び周囲を見回してみる。


 森。圧倒的に森だ。

 2階~3階のくらいの高さの木々に生い茂る草花。

 ろくろく整備されていないような手つかずの密林ジャングル


 気温は空港にいた時よりか高い気がする。

 湿度はあまり感じないのは良いが森独特の清涼感と緑の匂いでむせ返りそうだ。


「なんにせよ、ここから抜け出すことが先決だな」

「そうね、携帯の電波も届かないみたいだし、せめて森から抜け出さないといけないわね」


 スマートホンを覗きながらキャシーはため息をついた。俺もイリジウム携帯のアンテナ表示を見たが珍しいことに電波はない。


 本当にタイムトラベルしたか、ジャングルの奥地に飛ばされたかのどちらかの可能性が高い。

 ポーチに入っている方位磁石を試しに使ってみたが赤の針がクルクルを回りだす。アマゾンのような密林ジャングルというよりも富士の樹海みたいだ。


 といっても本場の樹海ではこんな大げさに方位磁石が回ることはない。つまり、ここはかなり特殊な場所ということだ。

 これは本格的なサバイバルになりそうだ。


「キャシー、まずは獣道を探そう。川とか水飲み場につながってる可能性がある」

「川……そうね、まずは飲み水の確保が大切よね」


 ようやく落ち着いてきたのかキャシーは俺の言葉にうんうんと頷くと獣道を探しはじめてくれた。

 さすがCIAからの出向警察官。頭の固い日本のエリート官僚とはワケが違う。


 とりあえず、キャシーと一緒に行動すべきだろう。


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