第17話 竜退治の英雄(2)
仮眠から目を覚ますと、日は高く上っていた。
……身体が重い。疲れが抜けていない。
やること終わらせて、早く帰ろう。我が家が一番だ。
「あ、ヨシノ。さっきハンターの人たちが来て、もう帰って良いかって」
「ああ、もう良いですよ。魔龍の素材は欲しい人が取っていけば良いでしょう」
エレアーネはニトーヘンで野営地の向こう側へと駆けていく。問い合わせしてきたハンターたちは向こうにいるのか。所属している国自体が違うんだから、こっちに伺いを立てなくても良いのに、律儀なことだ。
軽く食事をとり、用を足してから戦場跡へと向かう。
肉の焼ける臭いが立ち込める森の道を進んでいくと、魔龍の丸焼きが見えてくる。
ウロコは粗方剥がし終わったようで、火魔法をガスガス叩き込んでいるようだ。だが、魔力再利用していない人が多い。教えてやった方が良いかな。もはや、隠し立てできる状況じゃあないし。
「エレアーネ、三級くらいの火魔法でいきますよ。」
「分かった。」
ニトーヘンですぐ後ろをついてくるエレアーネに声をかけると、元気の良い返事のすぐ後に詠唱が始まる。
第三級の魔法の詠唱は、それほど長くない。完成した魔法を受け取り、魔龍へと向けて、アホみたいな勢いで連射する。
エレアーネも自分用の魔法を完成させて、雨のように炎を降らせる。さらに、炎熱召喚も併用してやれば、魔龍の肉は勢いよく煙を上げて焼け焦げていく。
だが、巨大な魔龍の肉を、外側から焼いていくのはどうにも効率が悪い。穴を開けて、その中に炎熱召喚を放り込んでやった方が効率よくいけるはずだ。
「メガレーザー、最大出力!」
直径数センチの赤外線レーザーを放つ。さすがに不可視の致死攻撃は危険すぎるので、すぐ横に赤色レーザーを走らせておく必要がある。
赤色の線が魔龍の肉に突き刺さり白煙を上げていくが、肉の量が多すぎる。少し深く穴が開けば、押しつぶされてしまう。
「これは厄介ですねえ。剣で切った方が早いとも思えないですし、地道に焼いていくしかないですかね。」
「一ヶ所に火を集めた方が良い? バラけさせた方が良い?」
「一ヶ所に集中していきましょうか。」
とにかく、穴を開けていきたい。体表を焼いていくのは、熱の効率が悪すぎる。火魔法のほとんどの熱は周囲に放射されてしまう。
……いや、違う。違うぞそれは!
メガレーザーを解除して、電磁場遮断魔法を最大範囲で発動させる。的が見えなくなってしまうけれど、外に漏れる赤外線を全部反射すれば良いんだ。
鏡の向こう側に炎熱召喚をばら撒いてやれば、メガレーザーよりも効率よく加熱できるじゃなかろうか。
やってみると、煙の量がどんどん増えていく。
「ええ? このまま撃って良いの?」
「はい。でも、炎熱召喚の方が効率が良いんじゃないかと思います」
時間効率は分からないが、熱量と消費体力の比は、何百倍も違う。魔力再利用は体力は使うのだ。眠っていても持続する炎熱召喚やフィールド遮断の効率の良さは魔法陣とは比較にならない。
エレアーネも炎熱召喚を放つと、魔法の鏡からもうもうと煙が漏れ出て立ち昇る。その光景は何とも変な感じがするが、そんなことは気にしない。
炎熱召喚や電磁場遮断は、一度放てばその持続時間はやたらと長い。
昼の陽気の中、ウトウトしながら時を過ごし、ハッと気が付くと煙の様子が変わっていた。
「エレアーネ、起きてください。一度、炎熱召喚を解除しますよ。」
炎熱召喚解除の前に電磁場遮断を解除すると、熱線が溢れ出ててきてしまう。向こう側に放っているのは見境なしの出力の炎熱召喚なのだ。危険すぎる。
「はあい。」
目をこすりながら。エレアーネが魔法を解除したのを確認して、こっちも魔法を解除する。
鏡が消えたその向こうは、魔龍の肉が焼け焦げ、大きく窪んでいた。魔龍の体にできた直径四メートルほどのクレーターは、炭化した肉がまだ燃えているようで、煙を吐き出し続けている。
「結構燃えましたね。」
「恐れながら、エナギラ伯爵。何故、戦いの最中にこの魔法を使わなかったのです?」
ひとり言を言っただけなのだが、近くにいた騎士が私の言葉に反応して近づいてきた。
「基本的に、動きまわる敵には使いづらいんですよ。同じところに継続的に当てなければ効果が薄いんです。」
そもそも、長時間持続することが前提なのだ。対象が静止していれば大きな効果を発揮するが、動く敵に瞬間的に当てるのではほとんど意味がない。
返答しながら、クレーターの横の方に、先程と同じように電磁場遮断を展開して、中に炎熱召喚を放り込む。
炭化した部分は、放っておいても燃えているし、しばらく放っておけば良いだろう。
「そのような魔法もあるのですね。不勉強な質問、大変失礼いたしました。」
「一般的には全く知られていないですからね。不思議に思うのは仕方がないでしょう。」
放っておいても燃えているなら、しばらく放っておけば良いだろう。別の箇所、魔龍の尻の方に回って同じように原初魔法のセットで焼いてやる。
二分ほどで解除してみると、範囲内の肉は炭化して煙を上げていた。
「ちょっと、水魔法を撃ってみてくれますか? 一番弱い奴でおねがいします。」
エレアーネが水の矢を一発放つと、炭化した部分が爆ぜて吹き飛ぶ。結構奥まで炭化しているみたいだ。と言っても、数十センチだろうが。
穴が開いた肉に炎熱召喚を放り込み、電磁場遮断で蓋をする。
最初に吹き出てくるのは白煙だ。主成分が水蒸気の、燃焼ではなく、加熱で気化したものだろう。それから少しすると、煙に色がつく。煙全体が青っぽくなり、そして、黒いのが混じる。燃焼によって発生したガスに、煤が混じっているものと思われる。
魔法の鏡の周囲から炎が溢れてきているし、燃え盛っているのだろう。
「エレアーネ、第一級の風魔法で、下から上に煙を吹き飛ばしてもらえますか?」
燃えているなら、空気を送り込んでやった方が良い。エレアーネが魔法を放つと、風に煽られて煙の勢いが増す。空気を得て、周囲の炭化した部分が勢いよく燃え、火の粉を撒き散らす。
「ちょっと、灰が飛び散りすぎですね。」
「全部燃やせば灰が出るのは仕方がないのでは?」
「そりゃあ、そうなのですが……」
どうにかして、灰を減らす方法は……
燃やさなければ良いんだ! 炭化した時点で粉砕したので良くないかこれ? 焼くのって、大量の腐肉が環境に良くないからで、炭になってしまえば問題はないだろう。
となれば。
「エレアーネ、黒く焼け焦げた部分を水魔法で吹き飛ばしていってください。」
焼け焦げて炭化したところに水の矢が突き刺されば、アホみたいに爆ぜ飛んでいく。炭がなくなれば、クレーターがまた一段と大きく、深くなる。
そこに、電磁場遮断で蓋をして炎熱召喚を放り込む。近くの騎士にも炎熱召喚を使わせてやれば、恐ろしい勢いで白い煙が噴出する。あの中は一体何度くらいになっているのやら。
一分ほどして煙の色が変わってくると、水魔法を適当に撃ってもらう。水蒸気爆発でも起きているのだろう、激しい破裂音とともに、砕けたコゲが飛び散りまくる。
一時間ほどかけて何度か繰り返し、魔法を解除してみると、魔龍の胴体に大穴が開いていた。
【ヨシノ・エナギラ伯爵】
日本からの転移者で、元の名前は好野裕。昨年秋の竜騒ぎを治めた最大功労者で『竜退治の英雄』と呼ばれるようになった。
見た目は5〜6歳であり身長は110cmほど。一応、中身は38歳。
【エレアーネ】
エナギラ伯爵腹心の魔導士であり、12歳の少女。光属性の魔法を多用するが、実は適性を持っていない。
【エウノ】
主人公の所属する王国。
【ロノオフ】
魔龍が現れ、応援を求めてきた北の国。
次回、『竜退治の英雄(3)』 3月22日更新予定
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