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第16話 竜退治の英雄(1)

「あと一回か二回で終わりですね。エレアーネ、大丈夫ですか?」

「うん、もうちょっとだけなら」


 エレアーネは無理をするのに慣れすぎている。大丈夫だというが、かなり疲れているのは一目で分かる。


 だが、魔龍退治も最終局面だ。翼も足も潰した。あとは、完全に詰むまで王手をかけ続けていくだけだ。詰まらぬ反撃など許しては、これまでの苦労が水の泡だ。


 オレンジの光を周囲に撒き散らすと、眼下で魔導士や騎士たちが一斉に動きだす。魔龍に取り付いて傷口を広げまくっているハンターたちも、魔法を撃ちながらバラバラと離れていく。


 第十二級の魔法ともなれば、詠唱に一分以上もかかる。大魔法に参加しない魔導士たちが牽制の攻撃を続けているが、魔龍は必死にもがき、逃れようとする。


 そんな中、緑の明かりがどんどんと上げられていく。地上の様子を伺いながら赤の光を放ると、一斉に魔法が解き放たれる。


 火炎の嵐が吹き荒れ、溶岩の槍が魔龍の下半身をズタズタに引き裂く。酷い傷を負った足では、もう身体を支えられないようで胴を地につける。これで、逃げるどころか、歩き回ることもできないだろう。


 熱気が消えるのを待つ間に、魔道士たちの魔法が魔龍に降り注ぎ、傷をさらに広げていく。それでもなんとか逃げようということなのだろうか、魔龍は性懲りも無く翼を広げてようとする。


「エレアーネ、十級でいいです。あの背中のヒレを焼き払ってください」


 魔石を入れた伯爵の杯を渡すと、エレアーネは第十級の火炎魔法を詠唱する。エレアーネだけの魔力では足りないが、魔石の魔力を使えば一人で発動まで持っていける。魔石の魔力を解放しての魔法は体力の消耗が激しいのが難点だが、これ以上温存しておく必要もない。


 魔龍は広げた翼に魔力を込めていく。だが、遅い。騎士やハンターたちを巻き込まないよう、赤の光を放つ。


 そして、間をおかず、エレアーネは魔法を完成させた。すぐさま手を伸ばして二発目を放ってやれば、巨大な火柱が魔龍の翼から頭の方まで焼き尽くさんとばかりに包み込む。

 万全の状態ならば耐えられるのかもしれないが、今は翼や頭部にも大きな傷を負い、体力も底を尽きかけているはずだ。効かないことはないだろう。ついでにメガレーザーでさらに加熱してやる。


 堪らずに頭を振り回しているが、足は動かないようで炎からは逃れられずにいる。これが演技なのだとしたら恐れ入る。


 息も絶え絶えに、吠え鳴き叫ぶ魔龍に対し、再度、近接部隊の突撃がかかる。しばらく様子を見ていても、特に変わったことが起きる様子もない。


「もう終わりですね。エレアーネ、下で少し休みましょう。」


 こちらも体力が限界に近いようで、黙って頷くだけだ。重力遮断を制御してゆっくりと降下していく。方向調整の光の盾は、魔石を消費して出せば良い。第一級程度ならば、使えるだけの体力はまだ残っている。


 さすがにもう第十級とかは無理だ。魔法が発動する前に意識を失う自信がある。


「ん?」

「魔龍が、揺れてるよ?」


 近くにいる者はまだ気付いていないようだが、魔龍の身体が左右に揺すられている。エレアーネも気付いたということは、見間違いじゃないだろう。今更、何をするつもりだ?


「魔龍が動こうとしています! 少し距離を取るように!」


 大声で指示を出すと、怒鳴り声が遠くに伝播していく。

 少し離れたところで眺めていると、魔龍のやりたいことは分かった。何とか一矢報いてやろうと、転がって圧し潰そうという魂胆だ。だが、遅すぎる。ゴロリと転がったときには、近くにいた者たちはみな避難完了していた。


 何という間抜けか。

 奴の魔法陣を見るに、第十三級の魔法を単独で扱えるくせに、知能が貧弱すぎる。

 貧弱、貧弱ゥゥ! 無駄無駄無駄ァァ! と叫びたくなる。


 翼を広げてバサバサとやって砂埃を巻き上げているが、まさに無駄の極み。


「魔法の準備を! 疲れているでしょうが、これで最後です! 全員、首を狙ってください!」

「承知いたしました!」


 魔道士たちに指示を出すと、号令が伝播し、魔導士たちに騎士たちがぞろぞろと集まってくる。その間にも魔法で攻撃を続けるのは忘れない。


 魔龍は苦しそうな呻き声も切れ切れになってきている。

 攻撃も、防御も、逃走も、今更手遅れだ。


 オレンジ色の光の下、魔導士たちが詠唱を開始する。エレアーネはニトーヘンに突っ伏して寝息を立てているが、起こすこともないだろう。


 緑の光が上がっていき、七つ揃ったところで赤の光を放り上げる。


「撃てーーー!」


 その声をかき消すような轟音とともに、魔龍の首が火柱に包まれ、三つの溶岩の槍が首の付け根に突き刺さる。


「ん? あれ?」


 凄まじい爆音に、さすがに寝ていられなかったのか、エレアーネが身体を起こす。


「え? ええええ? わたし、まだ……」

「すみませんが、最後の良いところは彼らに譲ってあげてください。」


 エレアーネは納得いかない、とばかりに頬を膨らませるが、貴族に見せ場を譲ってやるのは大事だ。頭を撫でて「お菓子でも食べて、休んでいてください」と言ってやる。

 ポケットから蜜菓子を取り出して頬張るが、その顔は不満でいっぱいだ。


 そんなことをしているうちに、最後の槍が魔龍の頭を貫いた。


……新しい頭が生えてきたりはしないだろうな?


 一瞬、変な不安が脳裏をよぎるが、熱気が収まるまで見ていても、魔龍に動きは無い。ピクリともしないその様子から、絶命しているものと思われる。


「エレアーネ、いつもの、できますか?」

「うん。」


 エレアーネは詠唱を短縮した第五級の水の槍を撃ちだす。狙いはいつもの口の中。

 内側から喉を貫いた様子を見れば、完全に死んでいると判断できる。


 さて、〆は何と言えば良いだろう?


「邪悪なりし魔龍は死んだ! 脅威は打ち払われた! 皆の者よ、存分に快哉を叫ぶが良い!」


 取り敢えず適当なことを言ったら、盛り上がってくれた。良かった。ハズしたら泣ける場面だ。

 見回してみると、騎士よりも魔導士の方がやり切った感があるようだ。まあ、騎士は魔導士を守ることに充てていたし、目立った見せ場もなかったからなあ。仕方がないと言えば仕方がない。


 巨大な死体の処分をどうしようかと思いながら近付くと、同じように何人かがやってくる。


「この魔龍って、食べれるんでしょうかね?」

「やめた方が良いと思います。毒の効果を持つ魔法も撃たれていましたから。」


 退治するのが最優先だったとはいえ、肉を食べられないのは残念だ。毒の攻撃を控えていればと思っても今更だ。肉は棄てるしかない。


「全部焼き尽くすのも一苦労だな、これは。」

「それもですし、牙や角はどう分けましょうか?」

「牙や角を分ける?」

「ええ、私は欲しいのですが、皆さんは要らないのですか?」


 貴族は魔物から素材を得ようとは考えないものなのだろうか。特に興味が無さそうだ。


「俺たちが欲しいと言えば、分けてもらえるのか?」

「私は別に、権力を振りかざして独占するつもりはないですよ。ハンターの方々も頑張っていたのですから、戦利品を求めるのは当然じゃないですか。」


 そう言ってやると、安心したように「ヒゲが欲しい」「爪はどうする?」と集まってくる。


 ウロコは山ほどあるから喧嘩にならないが、角や牙はそれほどの数がない。希望を聞きながら、争いにならないよう振り分けていく。牙と角、両方を確保したかったが仕方がない。牙は諦めることにした。


「じゃあ、牙や角を採りますか。休憩してからで良いですが、他の方も、解体と焼却を手伝ってください。」


 騎士たちにも解体とウロコの回収を指示しておく。高階級の魔法を短時間に何度も使った魔導士たちは疲労困憊の様子で野営地に引き揚げていっている。


「ヨシノ、お腹すいたよ。」


 エレアーネも眠そうな目をしながらも空腹を訴えてくる。一度、戻って休憩にしよう。私も少し、いや、かなり疲れた。

【ヨシノ・エナギラ伯爵】

日本からの転移者で、元の名前は好野裕。昨年秋の竜騒ぎを治めた最大功労者で『竜退治の英雄』と呼ばれるようになった。

見た目は5〜6歳であり身長は110cmほど。一応、中身は38歳。


【エレアーネ】

エナギラ伯爵腹心の魔導士であり、12歳の少女。光属性の魔法を多用するが、実は適性を持っていない。


【エウノ】

主人公の所属する王国。


【ロノオフ】

魔龍が現れ、応援を求めてきた北の国。


次回、『竜退治の英雄(2)』 3月20日更新予定

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