02/神田実穂
明後日にはゴールデンウィークに入る。
この午後と明日を無難に乗り切れば、私の自殺未遂なんてトイレの水のように周りの人間の記憶から流されるだろう。
必要な記憶でさえ右から左へ聞き流すような奴らだ。そこに関しては、私は彼らを信頼している。まあつまり、一番の山場は今日これからの授業だ。どれだけ私が無難に過ごそうとしてもそれはかなわぬ願いだろう。
なぜかって? それは、五時間目の授業が体育だからだ。それも種目はバスケ。
体育の森本先生は一つの種目につき二回以上のテストを実施する。大体そのスポーツの基本的な動きを見るものと、試合を通して応用力を見るものの二つだ。今日は前者のテストがある。
「神田さん、まだ病み上がりなんだし、今日は見学の方がいいわ。テストなら次の授業に回せばいいもの」
先生の言葉に私は心の中でため息をつく。常識のある森本先生ならきっとそういうと思ってましたよ。クラス担任のなんかよりもずっとちゃんとした先生だ。
いや、しっかりしている、していないで言えば担任の方がよほどしっかりしていると言えるか。教室にひとつ、異分子があることの有用性をきっちり理解している。うちの担任はそういう人だ。
その点森本先生は、何というか、少し甘い。
「せーんせ!」
来た。バスケ部のエースで副部長、片山。
「ああ、ちょうどよかった。片山、今日神田さんは見学にしてもらおうと思って」
ほら、そういうところが甘いというんだ。
いくらあなたがバスケ部の顧問をしていて他の教員より片山のことを把握しているとはいえ、結局のところそれも片山の一面を見ているに過ぎない。人は、自分のもっともよく知る面をその人物の本来の姿だと思いたがる。森本先生はその色が特に強い気がする。他人に、自分の知らない一面があることを想像しようとすらしていない、そんなのは都合のいい思い込みでしかないというのに。
そして、そう思っているのは私だけではない。
「え……でも先生、それだと神田さん可哀想だよ。どうせ延びた分評価も下がるんでしょ? だったら今日のテストも受けてもらった方がいいって」
片山は頭がいいというわけではないが、強かだ。目ざといと言ってもいい。良く言えば、人をよく見ている。森本先生以外にはこんなことは言わない。自分が疑われないことを確信しているとき以外は進んで誰かをかばう発言などしないのだ。
よくいけしゃあしゃあとそんなこと言えるものだと、いっそ感心してしまう。他人を心配する言葉で自分を飾る前に、その下心が見え見えの下卑た笑みを隠す努力をするべきじゃないだろうか。
片山がしゃしゃり出てくれば、森本先生は反論などしない。絵にかいたような予定調和。三文芝居のような光景を見る私の眼は、おそらく中学生とは思えないほどに冷め切っていることだろう。
テストの内容は、先生が出すパスを受け取ってからのレイアップシュート。テスト開始までの時間はその練習に充てられる。四つのグループに分かれ、それぞれゴールに向かってシュートを決めていく。
当然と言うべきか、私の順番は飛ばされる。これもいつものことだ。練習は何一つさせてもらえずに、テストと試合だけは出なければならない。
要するに私はこのクラスにおいて、空気でいること以外に望まれていることは何もないのだ。
中には私の前を通り過ぎるとき、申し訳なさそうに目を伏せたりする者もいる。別に気にしなくてもいいのに。誰だって私のようにはなりたくないだろう。
片山達トップカースト連中の目に留まりそうな行為は極力避けるべきだ。それに、今更そんな顔をされたってこっちも困る。あなたたちが私を無視するように、私もあなたたちのことは気にしていない。
お互いが築き上げた“無関係”という関係を、わざわざ見直すこともないだろう。




