1話
ー第1章ー
清々しい青空、少し冷たいそよ風がリコルの頬を撫でる。
ポートキーを使い、天界から転移して最初についたのは、だだっ広い草原だった。
辺りを見渡すと、緑が少ない山々や流れが緩やかな小川があり、遠い場所に集落といってよいほどの村がある。
「とーちゃっく!ここが下界かぁー、気持ちのいいところだなぁ。」
リコルの天界から着てきた、和服のような天界服がハタハタとそよ風ではためき、気持ちをワクワクさせる。
じっくりと自然を堪能した後、リコルは村に向かって歩き出す。
「やっぱり、騒がしいところに行かなきゃ、楽しくないよな!村に行ってみようか。」
リコルの気持ちを後押しするかのように、風が背中を仰ぐ。
少し歩いていると、やはり小さめな村が見えてきた。
リコルの上々な気持ちとは逆に、どこか閑散とした雰囲気。
ため息をつきながら洗濯をしている老婆や、暗い顔で薪を割る子供。
段々と村の雰囲気に合わせて暗くなっていくリコルはとりあえず、周りを見て歩くことにした。
「なんか暗いなぁ、これじゃ飲むどころか騒ぐことさえ出来ねーじゃねか。」
「かあちゃん。おいらが行ってくるから!悪い鬼を倒してくるから待っててくれよ!!」
「まちなよ。もうすぐ村の男たちが、街の騎士様を連れてくるからそれまでの辛抱だよ。」
「それじゃ、かあちゃんや村のみんなが飢えちまうよ。大丈夫!行ってきまーす!うわぁ!!」
リコルが村を歩いていると、民家から男の子が飛び出してきた。
よほど急いでいたのか、前を見ずそのままリコルにぶつかってしまう。
「いててて、大丈夫か?」
「にいちゃん、ごめんよー。おいら急いでるから!ごめんよー!!」
みるみるうちに、家から出てきた男の子は山のほうへ走っていく。
家から母親と思われる女が出てきた。
「すまないね。怪我はしてないかい?あれはほんとに困った子だよ。親の顔を見てみたいもんだ。」
「いやいや、親はあんたでしょうが。怪我はしてないぜ。」
「そうかい。ん?見たことない顔だね、旅人かい?」
この村では、全員顔見知りになるほどの広さなのかと思うリコル。
天界人と知られると説明が面倒くさくなりそうな為、話を合わせることにした。
「そうだぜ、この村で酒場を探してるんだ。知らない?」
「酒場ぁ?そんなもの街に行かないとないよ。それに今は、この村には食い物もそんなにない。旅人なら悪いことは、言わないから街へさっさと行ったほうがいいよ。」
女に邪険にされているわけではないが、そこまで言われると理由が知りたくなるリコル。
「なんかあったの?さっき聞こえたんだけど悪い鬼って…」
「はぁ、興味本位で首を突っ込むと悪い目にあうよ。あの山にはね、2体の鬼が住んでるのさ。赤鬼と青鬼が1体づつね。」
鬼、それは人間族では考えられない力の持ち主。
鬼にも、魔物の鬼と鬼人族の鬼がいるが恐らく魔物の鬼だろうとリコルは思った。
「鬼かぁ…鬼が食い物や酒を力づくで持って行っちゃうのか…」
「いや、奪っていくことは無いんだよ。村長が献上しに行くのよ。暴れないようにね。」
確かに、わざわざ村まで来て略奪しに来るよりこちらから届けた方がそこまで子供も怯えないし良いのであろう。
それからリコルは、女の話を詳しく聞いた。
酒などの嗜好品は街や都、村で作る1部のものしかない為、酒場なども村では出来ないらしい。
また、近くにある街には馬車で片道4日くらいかかる為、歩いて等到底行けないようだ。
「さぁて、あの子もそろそろ飽きただろう。連れ戻しに行くとするよ。」
「ほんと、助かったぜ。んじゃ街に向かって見ようかな。」
「それがいいと思うよ。でも、今日はもう暗くなる一方だから休んでいきなさいよ。良い宿屋があるわ。」
リコルは女にフェード宿という、村に一つしかない宿を教えてもらう。
そもそもこの村は、フェード村という名前らしかった。
「こんにちわー。旅人です。宿空いてますか?一人なんですけど...」
リコルが暖簾をくぐると、そこそこの広さをした受付部屋があり、だが誰もいないようにも見える。
少し待ってみると、奥から小さな女の子が出てきた。
「いらっしゃいませぇ。ようこそぉ、フェード村へぇ。ご飯はぁ、ついてないけどぉゆっくりしてってくださいぃー」
なんともゆったりした喋り方の、女の子がカウンター越しに台を使って顔を覗かせる。
さっきぶつかった男の子と、年齢は変わらないであろう女の子は、リコルを見ると。
「おにいちゃん、お金ぇ、あるぅ?」
と、首を傾げ、手を出し宿代を求める。天界から出る際、最高神からもらった銅貨や銀貨を出す。
通貨の価値がわからないリコルは、女の子に聞きながら三日分の宿代を支払った。
下界に来たばかりなので、当分天界に戻るつもりはないリコル。しかし三日は出しすぎであろう。
すると、先ほど宿を紹介してくれた女が入ってくる。
「こんにちわ。今日もお父さんの代わりに頑張ってるわね。ねぇ、うちの子見てない?」
「こんにちわぁ。今日は見てないですぅ。でもなにか叫びながらぁ、山へ走っていきましたねぇ。」
「ほんと、恥ずかしいくらいにバカだね。夕方には帰ってくると思うからほおっておくわ。」
どうやら、男の子は見つかってないらしい。リコルも家を出て、やんちゃをしている最中なので共感は出来るなと、思っていた。
しかし、下界のことを教えてもらった礼もしたいため、リコルは名乗り出る。
「おれが探しに行きましょうか?山のほうですよね?」
「いくら旅人さんでも、魔物がいる山に行ってもらうのは申し訳ないわよ。」
「いいって!俺頑丈だから勝ては、しなくても負けはしないから。」
天界から着てきた服は、やはり比べられないほど様々な障壁が張られている。
下界のそんじゃそこらの強いやつには到底突破できない。
「なら頼むよ。かわりに今日の晩飯を作っておいてあげるわよ。」
「おぉ!いいね。んじゃ早速行こうかな。」
リコルは、宿を出て山へ向かった。