電話2
1月7日
「もしもし日陰でございます」
奈津子は日陰の声を聞いて笑いだす。しばらくつぼにはいったあと、はあ笑いすぎたと吐息交じりの声を漏らす。
「なんでそんな笑うわけ」
「なんかおもしろいわけ」
笑っちゃう、と言ってから奈津子はまた笑い始める。
「さっきの話のつづきなんですが」
奈津子は、はい、と返す。
「別れた」
「だめだったか」
気をつかったのか先ほどからは打って変わって奈津子の声の調子が下がる。そのため息交じりの声で言ったあとに、次だ次だとつぶやく。
「まず、なぜあいつが俺を好きじゃなくなったのか」
「なんで?」
「一つは、罪悪感が大きくなったから」
奈津子は黙って聞いている。
「で、その罪悪感っていうのは、俺はあいつにつくしてきたけど、あいつは俺につくせなかったという罪悪感なんだって。俺が持っている好きにこたえられなかったんだって」
うん、と奈津子は相槌をうった。
「今思えばなおさらつくした気がする。あいつがゼミ終わった後の夜中の二時とか三時に毎日向かいに行ってたし。自転車で」
おお、という声がスマホから日陰の耳に入る。
「あいつ朝六時からバイトだから、毎朝起きて送ってたし。二人で寝て起きたときは毎回朝ごはん作ってたし」
すると奈津子は驚いたような声で
「やば。めっちゃつくしてんじゃん」
と言ったのだ。
え、と日陰の口からこぼれ落ちる。日陰は奈津子のリアクションに驚いていた。
「そこまで?」
「うん。めっちゃつくしてるよ。それは最高の彼氏だと思う」
日陰は混乱したような声で、まじか、とつぶやいた。初めてしっかり褒められた気がしたのだ。
「大げさじゃないの?」
「大げさじゃないよ。最高でしょ」
日陰が少し悩み、沈黙が生まれる。自分がしてきたことになぞの感情が沸き起こる。あつい自信のようなものがみるみるうちに湧き出るのだ。体に高揚感が生まれ、その勢いのままに日陰はもう一度喋り始める。
「一方でさ」
「うん」
「暴力ふるわれてたんだ」
「え、暴力っていうのはどれくらいの?」
「殴ったり蹴ったり」
「結構本気で?」
「そこそこ強かった」
「かげちゃんがやったわけじゃなく?」
「俺がやられてた」