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電話

 1月5日

 日陰は、目を真っ赤にして部屋の明かりを真っ暗にして泣きじゃくる。

「なんでなんだよ」

誰に話すでもなく何度も何度もそう繰り返した。挙句の果てに神頼みする始末だ。お願いです、と繰り返す。

 その日、元カノと日陰ではない男(井上)が会っていた。元カノは男の家で今夜は過ごすという。

 日陰は、つらいつらいとぶつぶつ言い出す。ベッドに物を投げつけては、また大声で泣く。そしてまた言うのである。

「なんでなんだよ」

 1月11日

 気づけばもう外は暗くなっている。勉強机のスタンドライトが部屋をぼんやりと灯す。

 寝れないけれどずっとベッドで横になっていた。いつもよりベッドが重く沈み込んでいる気がする。

 テーブルに置いてあるスマートフォンがしっかり声を出せていない。歌おうとしているけど声にならない声でブルブルと身震いしているようにしか見えないのである。日陰は自分に覆いかぶさっている布団を払いのけて、ゆっくりと起き上がる。ベッドはみしみしと鳴る。スマホの画面をみると、立花奈津子という名前が着信中という文字とともに液晶上に浮かび上がっている。

 もしもしはい日陰ですと陽気な声で喋りだすと、奈津子は甲高く笑う。日陰の頬が少し緩んだ。

「なんでそんな笑ってるわけ?」

「なんかよくわからない」

奈津子の笑い声が部屋中に響き渡って、画面の小さな明かりがベッドを灯す。思わず日陰も笑い始めた。なんだよ、と言えば、分からない、と返ってくる。日陰は、スマホを片手に笑い声とともに、閉め忘れていたカーテンを閉めた。

「声聞くだけで笑うっていったい何だよ」

またベッドに横になってすぐに日陰もよくわからないつぼにはいった。無理に笑ってるわけではないけれど、頬の筋肉を動かすのが重く感じた。

「なんか笑っちゃうんだよね」

日陰は軽くむせてから、むずい、と一言言い切った。そのまま何度も、むずい、とぶつぶつ唱える。

「むずすぎるよ」

日陰はそう言って軽く溜め息をついた。すると奈津子はいったん咳ばらいをしてから

「声は元気そう」

と言う。

「いや。結構やばいんだなそれが」

「本当にそんな感じがしない」

「抜け出せないよ全く」

少し間をあけてから

「元気出して」

という明るい声がスマホから聞こえてくる。日陰の部屋には似つかわしくないものの不思議と気に障る音じゃなかった。明るいけどなんだか柔らかい。日陰はなんだか包み込まれるような穏やかな気分になる。けれども、すぐに口から出ている滝が勢いを増した。

「もう井上ふざけんなよ」

語尾を伸ばして言ったあとに、日陰はさらに続ける。

「なんか、好きじゃないのに悔しい気持ちがやばい」

「粗ぶってるね」

奈津子はくすくすと笑っている。

 ○

 日陰はつい数日前に彼女に別れを告げられた。それからというものの、毎日が孤独感と虚無感につつまれ、気に病んでいた。彼は故郷に住む女の友人、「奈津子」に電話をかけ、寂しさを紛らわそうとするのであった。このような電話のやり取りは上記以前にも以後にも何度も行われる。そしてやがて彼は、ひとつの奇跡と出会うことになる。「失恋」はその奇跡に出会うまでの日陰の人生にせまっていく。

 



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