時計
時計が逆回りできたらいいのに…。
そうすれば、あの日の私に帰れる。
あの人と一緒だった頃の私に戻れるのに…。
あの人がクリスマスにくれた時計。
待ち合わせに、いつも30分遅れてくる私の為に30分進めて渡してくれた時計。
いまでもそのままだ。
私が年上のあの人と付き合っていたのは、ずいぶん前のことだ。
若さと勢いで恋愛していた私は、あの人がなぜ私のことを好きなのか?
どうして私はあの人が必要なのかということも考えず、ただあの人と会っていた。
だから3年も付き合っていた、あの人のことを振ったのも私の方だった。
私が新しい恋人を作った理由も、ただ新鮮だからという好奇心だけだったかも知れない…。
結局、ワガママな私は新しい恋人とも続かない。
あの人も別の恋人を作ったと風の噂で聞いたのも、ちょうどその頃であった。
私に劣らず、あの人もワガママだったから、私は彼の方もすぐ別れるだろうとずうっと思っていた。
だから私は、あの人からの連絡を待っていたのかも知れない…。
2年近く経った。
私はある夏の日、偶然街であの人と再会した。
「元気?」
そういったあの人の笑顔が、私にはすごく懐かしく、そして眩しかった。
私が、あの時の新しい恋人とはすぐに別れていたことを伝えると、「そうか…。俺…、ずっと待ってたのに…。」
あの人がポツリといった。
そういうと彼は続けて「俺…、来年結婚することになったよ。」と、今度はしっかりとした口調で私にいった。
私はあの人との再会を望んではいた。
だけど、こんなかたちでの再会だけは死んでも嫌だった。
「じゃぁ、人を待たせているから…。」
そういったあの人が、私にとってすごく遠くの人のように感じた。
「カノジョ…?」
私が聞くと、あの人は「うん…。」といって苦笑いをした。
数百メートル離れたところで、あの人は振り返り私に大きく手を振ってくれた。
私はその場で倒れそうになった。
そしてその時、初めて取り返しのつかないことをしてしまったんだなと感じた。
私は泣きながら、あの人のくれた時計を逆回しする。
何回も何回も…。