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第九十五話 閃き

 コンテストまで残り今日を入れて五日となった。

 時刻は午後四時を回ったころ。一日の授業を全て終えた俺は通行人が行き交う街中を歩いていた。

 市場には夕飯の材料を買いに来た奥様方が群がっている。

 

 世の奥様方は本当にすごいと思う。なぜなら、毎日毎日夕飯の献立を考えながら生きているのだから。

 献立を考えるのは案外難しい。今の俺にはそれがよく分かる。

 

 残り五日――。ハンバーガーを作る、という骨組みは決まったのだが、まだ完成には至っていない。これといって、ぴんっと来るアイデアがなかなか浮かばない。

 ヒントでもないかと外に出てはみたものの、そう簡単に見つからないのがつらい現実。


 いっぽう俺の知ってる生徒たちの進捗状況はというと――。

 イオラとフィナンは、もうほぼほぼ完成らしいが、最後の最後まで完成度を高めたいっと言っていた。

 

 ミルは今絶賛奮闘中だ。最後に見たときには目の下にクマが出来ていた。寝る間も惜しんで試作している。一応ライバルなのだが、少しは休んでほしいとも思う。けれど、どこか嬉しさも感じる。

 

 あの日からミルは、最初に会った時の大人しいけどやる気のあるミルに戻った。いや――あの時よりやる気は増しただろう。心なしか明るくなった気もする。

 

 あのヤンキーエルフに関しては全く分からない。

 ミルから盗んだ、過去優勝者のレシピ本を持っているはずだから、それを参考にしてきっとレベルの高い料理を作ってくるに違いない。

 あいつにだけは絶対に負けられない。それはイオラとフィナン、そしてミルだって同じ気持ちだ。

 

 ふとマーロウの事を思い出す。

 そう言えば地下図書館の場所を聞いた日から一度も会ってない。寮のフロアが違うからきっと会わないんだろう。

 マーロウに関しては、今何をしているのかさっぱり分からない。コンテストに向けて試作作りをしているのは確かだと思うのだが……。

 

 コンコンコン――。

 

 「――ん?」


 街道の端を歩いていると、右の方から窓を軽くノックする音が聞こえてきた。と同時になにやら甘い香りも漂ってきた


 俺はその場所にピタリと止まり右の方に顔を向けた。

 そのお店の窓の向こうには、純白のコック服を着た青年が爽やかな笑顔を浮かべながら、こちらに手を振っていた。


 「ルポネさん!」


 ちょうど立ち止まったお店はルポネさんのお菓子屋――『ジェノワーゼ』だった。

 お店のドアを開けると、心地良い鈴の音と甘いお菓子の香りが迎えてくれた。

 

 「ルポネさんお久しぶりです!」

 「いらっしゃいマサト君、久しぶりですね」


 お店の中にはお客さんが数人いた。中には親子もいて、子供は目をキラキラさせながらお菓子を眺めていた。


 「あれから学校生活はどうですか? 入学式からもう半年くらいでしょうか」

 「はい、楽しいですよ! 学ぶことが多くて大変だけど、日に日に料理の知識が増えるのは、将来料理人になる俺からしたら楽しいです。――あぁでも最近は……」

 「『学内料理コンテスト』ですね?」

 「知ってるんですか?」


 ルポネは「えぇ」と返事をすると、さっきの親子が品物を持ってルポネを呼んだ。

 

 「すみませーん」

 「あ! ただいまー」


 スタスタとカウンターへと向かい、品物を受け取る。

 そして紙袋に入れ、その親子に渡した。

 

 「ばいばい、ルポネお兄ちゃん」

 

 ルポネは手を振る子供にやさしく微笑みながら、手を振り返した。


 「――もうそろそろかなーっと思ってたんです、コンテスト」

 「……あの、もしかしてルポネさんって……」


 俺はもしやと思いながら聞いてみた。


 「はい。実は僕、あの学園の卒業生で、あのコンテストにも出場した経験があるんです」

 「そうだったんですか!! それで結果は? 優勝できましたか?」

 「……惜しくも優勝できず三位でした」


 三位でもすごいけど、優勝ではなかったことに俺は意外だった。

 あれだけ美味しいチーズケーキと、店の中にでんと置いてあるフーディリア城を模したケーキすら作る腕を持っているのに……。


 「そうだったんですか……ルポネさんのお菓子なら優勝してもおかしくないはずなのに……」

 「ありがとうございます。ですが、今となってはとてもいい経験でした。逆にあの時僕が優勝していたら、今の僕はここでお菓子屋を営んでいないでしょう」


 ルポネさんはフーディリア城のケーキを見つめている。

 その表情には、一切の悔しさを感じなかった。


 「マサト君さっきコンテストの事で悩みながら歩いてませんでしたか?」

 「はい……実はそうなんです。骨組みはできてきたのですが、あと一歩何かが足りなくて……」

 「あの姿を見て思わず昔の自分を思い出しました。僕も昔はああやって料理の事で悩みながら、ヒントを求めて街をさまよっていました……。――マサト君。コンテスト、頑張ってくださいね」

 「はい! ありがとうございます!」

 

 それからルポネはレジへと戻った。


 俺は店を後にしようとしたが、せっかくルポネさんのお菓子屋に入ったのだから何か買っていこうと思い、店内を歩き回った。


 「何か買っていく?」

 「はい、せっかく来たので。何がいいかなぁ」

 

 レジ前のショーケースを覗いてみる。

 

 「――あれ? これってアイスクリームですか?」

 「そうですよ、最近置き始めたんです。特に子供連れのお客様に人気なんですよ」

 

 ケーキなどが並ぶその端っこには、小さいカップに入った、丸いドーム状のアイスクリームが置かれてあった。

 

 アイスの周りには、カラフルなカラースプレーチョコが散りばめられていて、とても可愛らしい見た目だ。これは確かに女性や小さい子供が好きそうだ。


 「……ちょっと待てよ、そう言えばこれはまだ試したことなかったかも……」

 

 俺の頭の中で、突然雷が走ったように一つの案を思いついた。


 「あのルポネさん。このアイスクリーム――買います」

 「……分かりました。少々お待ちください」


 微笑んだルポネさんは、アイスクリームをショーケースから取り出し紙袋に入れた。

 

 「はいどうぞ」

 「ありがとうございます!」

 

 買ったアイスクリームを受け取り出口へと向かう。


 「それじゃあルポネさん、話ができて良かったです! 俺これから試作作ってきます!」

 

 微笑むルポネさんを最後に、俺はジェノワーゼを後にして、急いで学園へと向かった。

 

 秘策を忘れないように早く――。

 

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