表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/96

第九十四話 もう一度

 イオラは部屋から全速力で出て行った。


 「ちょっ! イオラ待って!」

 「俺達も早く行こう」


 先に走って出て行ったイオラを追いかけるように、俺達も部屋を飛び出した。


 全力疾走で前を走るイオラ。足が速いフィナンでさえ距離を縮められなかった。


 「イオラってばあんなに足早かったっけ!?」


 するとようやくとある部屋の前でピタッと立ち止まった。

 

 数秒差でイオラの元に追いついた俺とフィナンは、両膝に手を付けながら息を切らしている。


 「はぁはぁやっと追いついたー……」

 「――ここよ」


 目の前の部屋のドアを真っすぐな眼差しで見つめるイオラ。

 

 「イオラ、もしかしてここが……」


 俺はもしやと思いながらイオラに聞いた。


 「えぇ――ミルの部屋よ」

 

 イオラはドアに手を伸ばし、軽くノックした。


 「……出ない、ね。出かけてるのかな」

 「どれどれ……――」


 フィナンがドアに耳を当てる。


 「……どう? フィナ」

 「……」


 集中して音を探っている。

 

 周りがしんと静まり返る。

 

 「…………聴こえる! でもこの声もしかして……――泣いてる?」

 

 その言葉を聞いたイオラは、今度は強めにノックをした。

 しかし、中から出てくる気配は一切なかった。


 「――マサト。ロアに頼みがあるの」

 

 イオラは真剣な目で俺に聞いて来た。


 「ロアに?」

 「えぇ。ロアに――このドアを壊してほしいの」


 あまりに予想外の頼みに俺は驚いた。

 しかし、断る理由などなかった。ミルを放っとけないのは俺達だって同じだ。

 この忌々しいドアを壊してでも助けたいとい気持ちが強く伝わってきた。

 

 俺は静かに頷いて、ロアを呼び出した。


 「ロア……頼むよ」

 「グルルゥ……」


 イオラの言葉を俺の中から聞いてたロア。

 ロアはみるみる大きくなり、本来の二メートル近い大きさに戻った。

 ドアを壊すにはこのくらい大きくないと壊せない。


 「二人とも少し離れてて」

 

 俺達がロアから少し距離を取ると、ロアは一気にドアに向けて勢いよく体当たりを繰り出した。

 

 凄まじい音と共に扉は外れ、部屋の中まで吹っ飛んだ。

 同時に中からは、ミルの叫び声が聞こえてきた。

 

 「ミル!」


 砂埃が舞う中、イオラが真っ先に部屋に飛び込んだ。


 「もう、いや……もう私の事は――放っといてよっ!!」

 「放っとける訳ないじゃない! バカっ!!」


 怯えた様子で声を震わせながら叫んだミルを、イオラは思い切り抱きしめた。


 

 ************



 「イオラさん……? フィナンさんに、マサトさんも……どうして?」


 砂埃が収まり、俺とフィナンも部屋の中へと入る。

 そして混乱しているミルには、イオラの方から説明してくれた。


 「全部聞いたわミル。あなたせっかく見つけた本を不良たちに奪われたんですって? しかもバカにされたりしたって……」

 「……」


 ミルはイオラに抱きしめられたまま、何もしゃべらなかった。


 「ごめんなさい。この前廊下で会った時、気づいてあげればよかった。あなたの様子がおかしい事に……」


 イオラは泣きながらミルに謝った。

 

 「あなたは物静かかもしれない。けど決してひ弱なんかじゃないから!」

 「……いいんです、イオラさん」


 事情を説明されて理解したミルは、そっとイオラから離れた。


 「もう、いいんです。あの男が言ってたように、わたしはひ弱です。だから料理もできません」

 「そんなこと――!!」

 「もう関係ないんです、だって――」


 ミルは涙を流し、微笑みながら言った。


 「だってわたしもう――学園辞めますから」

 「え!?」

 「ウソ……!」


 イオラとフィナンが驚愕する。

 もちろん俺も驚いた。しかし、こうなる予感は少ししてた。

 できればそうなってほしくないと願っていたのだが……


 「料理人を目指すのも辞めます。わたしみたいな弱虫、いくら頑張って勉強しても仕方がないんです。せっかく守ってくれた本を守り通す勇気もない。言いたいことは言えない、泣いてばかり。そんなやつ、この学園にいる資格はありません。料理人になる資格なんて……――ありません」


 俯きながら、ミルは言った。

 

 突然の告白に、イオラは何も言い出せなかった。


 「だから――辞めます。短い間でしたが、私なんかと接してくれてありがとうございました」


 沈黙が周囲を支配する。

 イオラとフィナンは何も言い出せずにいた。


 我慢のできなかった俺は、むりやり沈黙の空間をこじ開けるように口を開いた。


 「俺も、さ。本気で料理人になるの辞めようって思ったことあるんだ」

 「え……?」


 俯いてたミルがゆっくりと顔を上げ、俺の方を見た。イオラとフィナンも俺の方を不思議そうに見た。


 「……料理人だった母親がある日亡くなってね。俺のたった一人の家族であり憧れの人だった。そして俺の目標だった人が亡くなった絶望で、俺は料理人になるのを諦めそうになった」


 目を瞑り、あの日の事を思い出しながら語る。

 意外な過去を聞いて、三人は驚いていた。


 「でもある日、この学園に入学するチャンスがやってきて、俺の考え方は一変した。もう一度母さんを――料理人を目指そうって思えたんだ。ミルも、変われるチャンスを感じてここに来たんでしょ?」

 「それは……」


 視線を逸らすミル。

 

 ミルだって料理人になりたい気持ちは同じはずだ。

 口では辞めるといっているが、本心はそうは思ってないだろう。


 「図書委員の人が心配してた。ずっと今まで図書館で本を読んでたのに、来なくなったって。優勝者のレシピ本を奪われたのは悔しいけど、ミルは毎日あの図書館で本を読んで知識を培ってきた。だからきっと、今までの優勝者にも負けないような料理だって作れるはずだよ」

 「……ミル」


 ミルは唇を噛みしめながら、涙を流している。


 「でも……わたしみたいな弱虫――」

 「確かにちょっと内気かもしれない。けどあの時、絶対優勝するって聞いた時は、正直圧倒された。獣を狩るような野心を感じた。俺も負けてはいられない。ただ頑張るだけじゃ適わないかもしれない。心の底からそう思ったよ」

 「わたしが、そんな……」

 

 するとイオラとフィナンが、ミルの両手を握り始めた。


 「イオラさん? フィナンさん?」

 「マサトの言う通りよ。あなたは一見泣き虫かもしれないけど、本当は努力家で強い子だって私知ってるから」

 「また変な奴がちょっかい出してくるようだったら、僕たちが守ってあげるから心配しないで、ね?」


 ぎゅっとミルの手を握る二人。

 ミルの瞳には、大量の涙が溜まっていた。


 「ミルなら――やれる」


 そう言うと同時に、溜まっていた涙が、一気にこぼれた。

 

 ミルは大粒の涙を流しながら、優しく微笑んだ。


 「ふふっ……同じコンテストに出場するのに、ライバルを励ますんですか?」

 「そういうのもいいんじゃない?」


 イオラはもう一度、優しくミルを抱きしめた。


 「もう一度がんばりましょう」

 「――はい」


 抱きしめ返すミルは、今まで見せたことない笑顔を見せてくれた。

 

 瞳には、光が戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ