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第九十三話 神様は私の事が嫌いらしい

 空のオレンジ色が次第に食われていき、黒に染まり始める。部屋の窓から見える空では、星の粒が生まれ始めていた。

 

 きっと私も今頃は、コンテストの試作をしていたはずなのに。なのに……なんで私は一人寂しく、灯りもつけずこの部屋にいるんだろう。ベッドの真ん中で三角座りをしながらそう思った。

 

 せっかくマサトさんが本を守ってくれたのに、バカな私はあの後すぐに不良たちに見つかり、あっけなく本を奪われてしまった。

 あの時怖気づかなければ……私がもっとしっかりしていれば、奪われることなかったのに。

 

 そんな私にはもう、コンテストに出場する資格なんかない。

 マサトさんにも合わせる顔がない。


 せっかく自分が変われるチャンスに巡り合えたと思ったのに、なんでいつもこう上手くいかないのだろう。

 

 私だって、料理人になりたいと小さいころから思い続けていた。だからコンテストのポスターを見たときは心がときめいた。

 これはチャンスだって思った。もしかしたら弱気な自分を変えられるかもしれない。薄暗かった自分の世界に、ようやく光を灯せるかもしれない。そう思って私は出場を決意した。


 そこに、過去コンテスト優勝者のレシピが記載されている本を見つけた。

 今までにない幸運だった。これは――この幸運は絶対に逃がしちゃいけないと思った。


 けれど――その幸運は単なる餌にすぎなかった。


 唇を強く噛み締める。

 心の底から怒りがどんどん膨れ上がる。


 神様は私のことが、とことん嫌いらしい。夢見ることすら許してもらえないのだから。


 昼間のあの男の言葉を思い出す。


 『なんでこの学園に来たのお前?』


 脳裏で何回も何回もその言葉が巡る。


 私が来た理由は、料理人になるため。あとは弱気な自分を変えるため。


 あぁでも――もうムダだよね。こんな私だし。


 「もう料理人目指すの辞めて、学校も辞めちゃおうかな……」


 希望の光は既に虫の息。感情も麻痺し始める。


 「あ、れ……?」


 私は訳も分からず、静かに涙した。


 「私……どうすればいいの……ねぇ」


 止めどなく溢れ出る涙の止め方を、私に教えてほしい。


 「――助けて……」


 ……教えてほしい。


 コンコンコン――。


 ノックが聞こえる。

 こんな私に来客なんて来るはずがないのに。


 もしかしたらあの不良男が、また何か企んで私の元に来たのかもしれない。


 ノックの音は次第に、大きくなり始めた。


 怖くなった私は息を殺す。心の中で、帰ってと必死に願う。


 「…………音が」


 ノックの音が急に途絶えた。どうやら諦めて帰ったらしい。


 帰ってくれたのは良かったのだが、授業に向かう途中に出くわしたら怖い。

 あぁでも……ここ辞めたら、もう気にしなくて良い。怯えなくて済むーー。


 ドガァァアン!!!!


 「きゃぁぁあ!!」


 部屋の入り口の方から今度は、激しい音が聞こえてきた。思わず飛び上がり、叫び声をあげる。


 怯えた目つきで入り口に目をやると、ありえない光景を目の当たりにした。


 「ど、ドアが……」


 ドアは外側から見事に破壊されていた。



 こんな事をするのは1人しかいなかった。

 やっぱりあいつだ、あの不良男がやったんだ。私をおちょくる事だけでは飽き足らず、とうとう部屋の入り口を壊す嫌がらせまでし始めたんだ。


 「もう……いや……もう私の事は――放っといてよっ!!」

 「放っとける訳ないじゃない! バカっ!!」


 ふわりと私の体を誰かが優しく包みこんだ。

 あの不良男じゃない、それは女の子だった。


 この声には聞き覚えがある。優しくて頼もしい凛とした声。これは――。


 「イオラ……さん?」


 入り口の前には、もう二人の姿と一匹の精霊の姿もあった。

 

 「あーあ、イオラってば本当に壊しちゃうなんて……」

 「あはは……あ、ごめんねミル。ちゃんと後で直すから」

 「フィナンさんに、マサトさん……?」

 

 何が起こってるのか、私は頭の整理が追い付かなかった。



************



 数時間前、放課後に入って間もない頃――。


 「イオラ、今居る?」

 

 ノックを軽く二回し、イオラが部屋にいる事を確かめる。


 「マサト? いるわよ」


 返事が返ってくると、イオラはドアを開けた。


 「どうしたの?」


 部屋を開けると同時に清涼感のあるスッキリとした香りが漂ってきた。イオラが部屋で育ててるペパーミントの香りだ。


 「実は……――話したいことがあるんだ」

 「――へ!? そそそそんな急に言われても……心の準備がまだ……」


 イオラが赤面しながら慌てる。


 「フィナンも呼んで、二人に相談してもらいたいことがある」

 「そうね、フィナも……へ?」


 それから俺はフィナンにも声を掛け、俺の部屋へと集まってもらった。

 

 「――と、言うわけで、コンテスト前で忙しいのに集まってありがとう、二人とも」

 「それはいいんだけど……なんかイオラ元気なくない? 大丈夫?」

 

 フィナンの呼びかけると、イオラは頬を染めながら慌て始めた。


 「へ!? いいえ大丈夫よ? 問題ないわ!」

 「そ、そうなんだ、なら良かった」


 イオラは自分の頬を両手でパチパチと叩いた。そして二度咳払いをした後、再び口を開いた。


 「それで――相談ってなんなのマサト。部屋に私達を招くほど重要な話なんでしょう?」


 さすがはイオラだった。感が鋭い。まったくその通りだった。

 

 相談するのはただ一つ――ミルについてだ。


 「うん。実は――」


 俺は全てを話した。

 ミルと最初に会った日の出来事から、今日の昼の、ヤンキーとミルとのやりとりまで全て。


 「――そう言うわけなんだ」

 

 話した頃には、外は既に暗くなり始めていた。


 「言われてみれば、ミルこの前会った時、元気が無かったって言うか様子が変だったもんね。そう言うことだったんだ……」

 「初めてミルに会った時、言ってたんだ。絶対に優勝狙うって。すごい意気込んでたんだ。けど、そのやる気をあの不良が削ぎ落した。本を奪われた上に嫌な事言われて……」


 あんな奴が学園にいる事がすごく許せない。そう強く思った。


 「――せない……」

 「イオラ?」


 イオラが横で何かボソッと呟いた。よく見てみると、フルフルと身体が震えている。


 「どうかしたの? やっぱり体調悪い……」

 「許せないっっ!!!」


 突然の怒鳴り声に、俺の体とフィナンの体がビクッと跳ね上がる。


 「許せない許せない許せないっっ! なんなのそいつ!! ミルがどんな気持ちでコンテストに出たがってたか知らないのかしら!?」

 「イオラ、分かるけど、ちょっと落ち着いて……」


 フィナンが荒ぶるイオラをなだめようとする。


 「落ち着いていられるわけないじゃない!! 必死に頑張って勉強してる友達がバカにされたのよ!!」


 完全に切れていた。こんなに怒ってるイオラは見たことがない。


 するとイオラは立ち上がり部屋の入り口へと向かった。


 「い、イオラどこ行くの!?」


 フィナンが必死に声を掛ける。

 しかし、俺にはイオラがどこへ向かうつもりなのか、大体予想できた。


 「決まってるじゃない――ミルのところへよっ!!」


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