第九十一話 廊下にて
翌日昼休み。昼食が終わり腹が満たされてた俺は今、地下図書館で本を読んでいる。
今日の昼食はもちろんハンバーガーだった。昨日作った試作品の残りだ。まだたくさん余っている。
しばらくの間、昼食がハンバーガーだと思うと、思わずため息がこぼれそうになる。
焼き魚とご飯と味噌汁が恋しい。
読んでいた本を閉じ、ふと昨日の放課後の出来事を思い出す。
『もう……――コンテストには出場しません』
小さく、搔き消えそうなミルの言葉が何回も頭の中で再生される。
「本気で言ってた……のかなぁ」
手に持つ本の表紙をじっと見つめながら呟いた。
ミルと最初に会った日の別れ際、ミルは言った――優勝を狙う、と。
一息吹いたら飛んでしまいそうなほど、か弱い印象だったが、あの目、あの言葉は紛れもなく本物だった。正直このままではヤバいなと危機感を覚えくらいだ。
だからこそ、昨日のミルの言動が気になっていた。
放っておけばライバルが一人減って優勝への道が近くなる。なんて冷たい事はもとより考えてない。
むしろライバルが複数いたほうがやりがいがあって楽しい。
簡単に優勝して手に入れたトロフィーなんか――いらない。
「……そろそろ上がろうかな」
いろいろ思うところはあるが、次の時間は調理実習のため早めに戻って準備をしなくてはならなかった。
さっき読んでいた本を借りようと、俺は図書委員のいるカウンターへと向かった。
「これ借ります。マサトです」
名前を告げ、持ってた本を、カウンターの向こう側で作業をしていた女性図書委員に差し出した。
「はい、少々お待ちください…………はいどうぞ」
「ありがとうございます」
事務処理が終わり、借りれることができた本を受け取った。
「そういえばあなた、このあいだあの子と一緒だったわよね?」
本を受け取って去ろうとした瞬間、図書委員の人が俺に話しかけてきた。
「あの子……って、もしかしてミルの事ですか? はい、一緒でしたけど」
「よく会うの?」
「いや……そんな頻繁には会いませんね」
と言うと図書委員の人は「そう……」と、顎に手を添えながら何やら困った表情をしだした。
「どうかしたんですか?」
「いいえ、特に何もないんだけど……ほぼ毎日と言っていいほど、ここに来てたあの子……ミルが、最近は全然顔を見せないの。だから少しだけ気になっただけよ」
「そう……なんですか」
「呼び止めてごめんなさい。もしあの子に会ったらよろしくね」
ミルへの言伝を受け取り、俺は自分の部屋へと帰還した。
毎日と言っていいほど地下図書館を訪れてたミルが、最近ぱったり来なくなったと図書委員の人は言っていた。
来ない理由がコンテストの試作なら頷けるのだが、昨日ミルは、もうコンテストには出ないと強く言っていた。コンテストに出ないのなら地下図書館に訪れてもいいのではないだろうか。
そんなことを考えながら俺はコック服に着替え始める。
「コック服……そういえばなんで昨日ミルは、コンテストに出ないって言ってたのに、コック姿だったんだろう。しかも包丁ケースまで持って……」
どこからどう見ても昨日の姿は、調理する気満々の恰好だった。そうじゃなきゃコック服は着ないはず。
「あーもう分からないっ!」
「ガウッ!」
ロアが早くいかないと、と俺を急かす。
考えても考えても答えが出なかったため、今はとりあえず保留しておくことにした。
着替え終わった俺は、包丁ケースを持って駆け足で調理室へ向かった。
走りながら向かう途中、手のひらを自分に向け時計を出した。
「あと五分……ギリギリかー」
少し苦い表情をしながら時計を消す。
いつもは十分前には調理室に入って包丁の状態を確認したり、授業の予習などするのだが、今日はちょっと遅くなってしまったので、それはできそうになかった。
走るペースを少し上げる。
目の前にある曲がり角を曲がったら、あとは直進するだけだ。
「――よう、どうだぁ調子は?」
角を曲がろうとした瞬間、その先で聞き覚えのある声が聞こえた。
「この声……あのヤンキーか?」
とっさに角の陰に隠れた。誰かと話しているらしい。
「なんで隠れたんだ……授業遅れちゃうよ」
だが誰と話しているのか気になったため、俺はそーっと顔だけを覗かせた。
数メートル先にやつはいた。
向こう側にあのヤンキーが。そして手前には……。
「――え、ミル!?」
頭を引っ込め、片手で口を押えながら俺は驚愕した。