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第九十話 ごめんなさい

 次の日の放課後、調理室にて――。


 「――さてと、試作品つくろうかロア!」

 

 俺の胸から紫色の光球がぼうっと飛び出す。

 ガウと返事をするロアは、両足からメラメラと紫色の炎を噴き出した。俺と料理するときにのみ出すロアの本来の姿だ。

 

 「とりあえず何を作りたいかは決まった。あとはそれをどうアレンジするか……」


 俺がコンテストに出す料理。それは――『ハンバーガー』だ。

 

 バンズ、ソース、パティ、レタス、トマトなどで構成される、手軽かつ万人受けする食べ物。それがこの世界にも一応存在していた。

 この世界にはファーストフード店などは存在しないため人気度は分からないが、少なくとも元居た世界では最強フードと言っても過言ではなかった。

 

 しかし、ただ普通のハンバーガーを作ってはつまらない。なにかしらアレンジを加えなければ、審査員の目は奪えないだろう。

 

 「普通は肉を挟むのが主流だけど、今回は色んな物を作って挟んでみようか」


 コック服の袖をまくり、さっそく料理に取り掛かる。

 

 とりあえずハンバーガーに合う料理を手あたり次第作ってみる。それが今日の作戦だ。


 思いつく限り俺は次々に料理を完成させた。

 オムレツ、鶏の唐揚げ、豆腐ハンバーグ、エビフライ、豚の生姜焼きその他もろもろ。

 調理台の半分が試作品で埋め尽くされる。


 「――と、これくらいでいいかな。ちょっと作りすぎちゃったけどまぁいっか。――さて、次はソースだ」


 続いてソース作りに取り掛かる。

 ソースは、無難なトマトソース、ケチャップとマヨネーズを合わせたオーロラソース、和風テイストの大根おろしと醤油のソース、牛の骨で出汁を取って作った濃厚なデミグラスソース、野菜や果物を使用したフルーティーなステーキソースの五種類。

 

 「ソースもできた。あとはトマトとレタス、そしてさっき作ったやつをバンズで合わせてっと……」


 そして調理台の上はハンバーガーによって完全に占拠されてしまった。どうみても一人じゃ食べきれない量である。


 「うわっ、すごい量だな……。それじゃあ一種類ずつ味見していきますか」


 作った試作ハンバーガーを四つに切り分け、その四分の一を食べていく。

 もう今日の夕飯はこれで決まりだ。


 数分後。ようやく全てのハンバーガーの味見が終わった。四分の一ずつ食べたとはいえ、作ったハンバーガーの量が量だから既に満腹状態である。


 「ウッ、食べ過ぎた……」


 お腹を苦しそうに抑える。ハンバーガーをお腹いっぱいに食べたのなんて初めてだ。


 そして肝心の出来なのだが……。


 「――ダメだ。どれも美味しかったけどいまいちピンと来ない。もうちょっと捻りを加えないとダメなのかも……」


 うーんと唸りながら首を(かし)げる。

 しかし今日はもう疲労とかなりの満腹感で、これ以上いい案も浮かびそうになかった。


 「ふぅ、今日はもう戻ろう。ロア、余ったハンバーガーを急速冷凍お願いね。しばらく俺のご飯はこれかな……」

 

 ロアは一吠えして返事をすると、作ったハンバーガーに向けて水色の炎を噴射した。するとハンバーガーは全てカチコチに凍ってしまった。

 これでしばらくは持つだろう。食べる時はロアに頼んで温めてもらえばいい。


 俺は調理室のタンスの引き出しから持ってきた大きい紙袋に、冷気を(まと)ったカチコチのハンバーガーを全て入れた。


 後片付けを済ませた俺は、凍ったハンバーガが入った、パンパンに膨らんだ紙袋と包丁ケースを持った。


 「よいしょっと。さ、部屋に戻ろっか」


 誰もいない調理室の電気を消し、廊下へと出る。


 「……あ――」

 「ん……ミル?」


出た瞬間、右手に包丁ケースを持ったコック服姿のミルに出くわした。


 「あ、ごめん調理室使うつもりだった?」

 「え、いや、その……マサトさんは、何してたんですか……?」


 たじろぐミルは視線を逸らし俺に聞いた。


 「俺はコンテストの試作。やっと作る料理が決まったんだけど、まだ完成までには遠いかな」

 「そ、そうなんですか……」


 俯きながら視線を逸らし続けるミル。

 今度は俺の方から聞いてみた。


 「ミルも今からコンテストの試作だよね? 沢山料理の本を読んでるミルなら、きっとすごい料理つくるんだろうなぁ。本番が楽しみ――」

 「わ、わたしっ!」


 急にミルが大声を出した。


 「ミル?」

 「……わたし、もう……――コンテストには出場しません」


 俯くミルが、消え入りそうな声でそう言った。

 

 「……え?」


 思いがけない一言に、一瞬言葉を失ってしまう。

 

 「な、なんで! あんなに意気込んでたのに急にどうしたの? まさか何かあった?」

 

 理由を尋ねるが、ミルは俯いたまま何も話そうとはしなかった。


 「――ごめんなさい……!」

 「ミル!」


 震える小さな声を最後に言い残し、ミルは振り返って廊下の奥へと走り去っていった。


 走り去る瞬間、ミルの瞳にうっすらと涙が浮かんでいたのが見えた気がした。

 

 何がどうなっているのか分からなかった俺は、ただミルが走り去っていった廊下を黙って見つめる事しかできなかった。


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