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第八十九話 ヤンキーエルフ

 「邪魔だ。どけ」


 目力のある鋭い目で睨まれる。俺は思わず気圧されてしまった。


 「ご、ごめん……」

 「ケッ」

 

 どいてあげたのに、この男は俺の肩にわざとらしくぶつかってきた。そして、ノックも挨拶もせずに職員室へと入っていった。


 真横に来た時に気付いた。今の男の耳、普通の人よりも長く、真横に伸びていて先端がとがっていた。たぶん『エルフ』という種族だ。

 

 街でも学園内でもたまに見かける種族だ。

 ただ、あんなにヤンキー丸出しなエルフは初めて見た。

 鋭い目つきで、シャツは第二ボタンまで外れて胸元丸見え、髪型は金髪オールバック。ヤンキーというより、もうヤクザに近い。

 

 以前地下図書館で見たときは遠目でよく分からなかったが、ああやって間近で見てみると結構な迫力がある。

 睨んできたときは、思わず言葉が詰まってしまった。目は口程に物を言うとはこう言う事なのだろうか。


 「あいつやっぱり俺の事知らない風だった……。地下図書館でミルの本を取ってったの俺達だって気づいてないままなんだ」


 俺はほっと胸をなでおろした。もしバレてたとしたら、今頃無事じゃ済まなかったはず。校舎裏に連れていかれてボコボコ。なんて良くあるパターンになってたかもしれない。

 

 だが、探している、という事には変わりないはずだ。

 どんなにバカでもロアが精霊だという事は、あの後気づいたはず。という事はもちろん主がいるという事。この学園内に野放しにされている精霊なんてまずいない。

 業突く張りな不良の事だ、きっと血眼で主を探しているに違いない。


 その場で考え込むが、あの男が戻ってきたらまずいので、俺は早急に職員室から離れ、歩き出した。

 

 「それにしても……あいつの手に持ってたの、コンテストのエントリー用紙だったよな……。まさかあいつもコンテストに?」


 料理学園に在学しているのだから、そりゃ料理できて当然だと思うのだが、俺には少し考えられなかった。

 これは勝手な偏見だが、あんな奴が料理をするなんて俺には考えられなかった。ましてやコンテストなんて……。

 

 「でももしかしたら、案外すごい才能持ってるんじゃ……。人は見かけによらないって言うしなぁ」


 どちらにせよ、せっかく見つけた本を盗もうと企む輩に、人を満足させる料理が作れるとは思わない。

 つまり、負けるわけにはいかないのだ。


 「今更ライバルが一人二人増えたって問題ない! 俺はただベストを尽くすだけ!」

 「おやー? 言ってくれるねぇマサトくぅん」

 

 曲がり角から、声と共に姿を現したのは教材を手に抱えたフィナンだった。その後ろにはイオラもいる。


 「あ……聞いてました?」

 「ふふん、僕の地獄耳を舐めないでよね。――今更ライバルが一人二人増えたって問題ない! 俺はただベストを尽くすだけ!」


 容赦なくフィナはガッツポーズを付けて、全力で俺の真似をした。

 顔から火が出そうなくらい俺は赤面し、何も言葉が出なかった。


 「フィナ……いい加減にしなさい。ミンティ呼ぶわよ?」

 「わーうそうそ! 今のうそー!」

 

 本当にフィナンの地獄耳には入学式から驚かされる。

 

 「ふぅ。一周回ってその地獄耳が怖く感じてくるよ……」

 

 褒めたつもりはないのに、フィナンは照れている。


 二人と合流した俺は、共に食堂へと向かい始めた。

 

 「そうだ二人とも。俺放課後、地下図書館行くんだけど、一緒に来ない?」

 「私はいいわよ。ちょうど調べたい事あったし」

 「僕もいいよー」


 満場一致で行くことが決まった。

 

 「とりあえず、午後の授業終わらせてからね」

 「うん。じゃあ終わったらエレベーター前で待ち合わせってことで」


 そして昼食を済ませ、満腹で眠くなる午後の授業を乗り越え、放課後がやってきた。

 

 待ち合わせ場所のエレベーター前に最初に集合したのは、俺だった。

 そしてすぐに二人もやってきた。


 「よし、じゃあ……行こうか」

 「……えぇ」

 

 俺とイオラが固唾を飲みながらエレベータに乗る中、フィナンだけが、尻尾を振りながら楽しそうにしていた。


 「僕これ好きなんだよねー! バビューンって一気に降りるのすっごい楽しいっ!」


 遊園地に来た子供みたいにキラキラした目をしながら、エレベーター内で跳ねるフィナン。頼むからそれだけはやめてほしい……。


 「フィナン、飛び跳ねるのだけはヤメテ……心臓に悪い」

 「ダイジョウブデスヨッ! コノエレベーターハ、ワタシガイルカギリ、ゼッタイオチマセン!」


 エレベーターの精霊が笑顔でそう言った。


 「ほんとかしら……」

 

 俺もイオラも手すりに掴まった。

 フィナンは、手では無く尻尾だけで手すりに掴まっている。


 「ソレデハ、サガリマス!」


 しっかり手すりに掴まり、目を瞑りながらその時を待つ。

 

 しかし、一向に降りる気配が無かった。

 

 「……あれ? 降りないよ? 故障した――」


 その瞬間、時間差で急降下し始めた。

 

 「きゃぁあああああ!!」

 「この前とタイミング違うじゃんっ!!」

 「あっははははは!」


 イオラが叫び、俺が叫び、フィナンがはしゃぐ。

 

 「エレベータージョークデス!」

 「なにそれ!?」


 迷惑なサービスをさせられたが、なんとか地下図書館へと到着した。

 

 長くてもいいから、階段を設置してほしいと心から願った。


 「つ、着いたわね……」

 「あー楽しかったー! また頼むよ、今の!」

 

 頼むから今の時間差攻撃は、今回きりにしてほしい。できれば急降下も辞めてほしい。


 色々思うところがあるが、俺達はエレベーターから降りた。

 俺にとっては二度目の地下図書館になる。やっぱりこの本の量は凄まじい。


 「それじゃあ私、あっちの方で本を探してくるから、また後でね」

 「じゃあ僕はあっち行こー」


 そう言ってイオラは、地下図書館の東エリアに。フィナンは西エリアへと歩いていった。

 

 「俺は北の方に行ってみようかなっと」


 アーチ状の入り口を通り抜け、北エリアへとやってきた。

 分かってはいたが、やはりここも同じ光景が広がっていた。四つのエリア全て同じとみていいだろう。

 世界中の本をこの場所にかき集めても、きっと足らないくらい多いと思う。


 「さてと――それじゃあレシピ考えますか!」


 そこから俺は、ひたすらに本を読み漁った。

 どんな料理を作りたいのか。どうやって美味いと言わせようか。今持っている知識をフル活用して、俺は考えた。


 「あ、これ……」


 とあるレシピ本をめくっていたら、見覚えのある料理のイラストが載っているのに気づいた。

 中毒性があり、手軽で腹持ちもいいから若者にも大人気。でも食べすぎると危険。

 究極のファーストフードにして、犯罪的料理――ハンバーガーだった。


 「へぇーこっちの世界にもハンバーガーってあるんだ」


 ハンバーガの他にも、サンドイッチやサブ、ホットドッグなど、色んなパン料理のレシピが載ってある。

 

 「そういえば、こっちの世界に来る時、最後に食べたのって『コロッケパン』だったっけ」


 あの日からもう半年経つんだな、と、しみじみ感じる。


 突然ある事に気が付き、ページをめくる手が止まる。


 「パン……サンドイッチ……ハンバーガー……。そうだ……特に題材も決まってないコンテストだから、何作っても自由。料理らしい料理を作らなきゃってずっと思ってたけど、こういうのもアリなんだ……」

 『閉館のお時間です。館内にいる生徒は速やかにお帰りください』

 

 ブツブツと考え込む俺の耳に、閉館のアナウンスが聞こえてきた。


 「やばっ帰らないと!」


 本を閉じ、元の場所へと戻して、急ぎ足でエレベーターの方へ向かった。

 エレベーターの前には既に、イオラとフィナンが待っていた。


 「――あ、きたきた」

 

 フィナンが早く早く、と、手を振って俺を急かせる。

 何とか締め出される前に二人と合流した。


 「どう? いいアイデア浮かんだ?」

 

 数冊の本を抱いているイオラが聞いて来た。


 「少しだけ。これからどんな風にアレンジするかが問題ってとこかな」

 

 エレベーターに乗る前に、俺はある事に気付いた。

 

 「そういや、ミルいなかったね」

 「そういえば、見なかったわね。あの子、いつもいるはずなのに」

 「たまたまじゃない? きっと調理室で料理の試作でもしてるんだよ」


 確かに、図書館に籠りっぱなしでは料理は作れない。

 あんなに意気込んでいたミルの事だ。過去学内料理コンテスト優勝者のレシピ本も借りてたし、きっとすごいレシピを考えついていて、フィナンの言う通り、今頃料理の試作でもしているのだろう。


 だが、今朝のミルの様子だけは、頭から離れないままだった。

 


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