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第八十六話 夢へと近づくために

 休日二日目。お天道様(てんとさま)は遥か真上でサンサンと照っている。

 

 ()()いつも通り平和。

 市場は多種多様な種族の主婦達で大賑わい。噴水広場では、子供達が追いかけっこや、地面にお絵かきなどでとても楽しんでる様子。微笑ましい、すごく平和だ。


 そんなことを思いながら、俺はローザさんの雑貨屋へと足を踏み入れた。

 

 「いらっしゃ……おや何だい? その、『周りはすごく平和なのに、なんで自分だけ平和じゃないんだ』って顔は?」

 「……絶好調です」

 「――っぷ。嘘が下手だねぇあんたも。顔に書いてあるよ。なんか飲んでくかい? 今は客がいないんだ」

 

 「いただきます」と一言いうと、ローザさんは一時レジから離れ、店の奥へと消えていった。

 

 そんなに顔に出てただろうか。近くの窓に映る自分の顔を確認してみる。

 そこには、疲れ切った表情をした自分の顔が映っていた。

 

 「……なんでもお見通し、かぁ。さすが国家精霊料理人」


 両手で、疲れ切った顔を、窓に映る自分を見ながらマッサージする。

 頬を横に伸ばしたり、寄せたり、グルグル回したり。


 「そりゃ、あんな本の山に一日中囲まれてたら疲れるよ」


 独り言を漏らしながら、顔マッサージを続ける。


 実は昨日、ミルと別れた後、少しだけ本を探して、昼には帰ろうと思ってたのだが、結局夕方まであそこに(こも)っていた。昼食を摂らずにずっと。

 身を(てい)してまで本を探し続けていたが、これと言った、優勝を狙える案は浮かばなかった。

 ただただ体力と精神を削るだけの一日で終わってしまったのだ。


 「あーーもーー」


 マッサージのスピードが次第に速くなる。すると後ろからローザさんの声が聞こえてきた。


 「マサト。窓」

 「――あ……」


 我に返って窓の外を見てみると、店の側を歩いていた通行人が、バカみたいに顔マッサージしてた俺を見て、クスクス笑っていた。


 「…………」

 「はいよ」


 赤面する俺に、ローザさんは透き通った紅色のハーブティーを差し出してくれた。


 「イタダキマス……」

 

 ぎこちない手でハーブティーを受け取り、口へと含んだ。

 独特な酸っぱい香りと綺麗な紅色が特徴的なハーブティー――ローズヒップだ。

 目が覚めるような酸味は、まるでアセロラと梅を、足して二で割ったような不思議な感じ。多分好き嫌いが大きく分かれる。

 しかしこれはハチミツが加われており、甘くまろやかで飲みやすい。

 

 「とりあえず話を聞こうかね。一体何で悩んでるんだい?」

 「……実は――」


 一旦飲むのを止め、今悩んでる事――学内料理コンテストの事について相談した。


 「――そんなわけで、まだ全然良いレシピが浮かんでないんです……」

 「気が早いねぇあんた……まだ十三日もあるじゃないか。急ぐこたないよ」

 

 レジの椅子に腰かけて聞いてたローザさんは、頬杖をつきながら、気楽そうに言った。


 俺は、カップの水面に映る自分の疲れた顔を見つめた。


 「……絶対に優勝できるようなレシピを考えないとダメなんです。優勝できないと、このくらいのレシピがすぐ考えられないと、俺はいつまで経っても……」

 「…………」

 

 母さんの様な料理人にはなれない――残りを心の中で呟いた。

 

 早く、早く、早く。少しでも早く母さんみたいな料理人に近づきたい。そして自分の店を持ちたい。そのためにも今回のコンテストは、必ず優勝したい。しなければいけない。

 そのためにはどんなレシピを……?。

 必ず優勝できるレシピ、料理――――分からない。思いつかない。でも思いつかなきゃいけない。

 

 頭の中で色んな感情が渦を巻く。水面に映る顔が、次第に苦しそうな表情へと変化していく。

 店の中は、静寂な空気に包まれた。

 

 「……あたしは学園側のもんだから、コンテストに関して助言をすることはできない。力は――貸せない」

 「分かって……ます」

 

 俯いている俺の前に、ローザさんがおもむろに近づいてきた。


 「ただね――説教する事ぐらいはできる」

 「え?」


 顔を上げると当時に、額に強烈なデコピンが襲ってきた。俺はその衝撃で軽くノックバックした。


 「あだっ!? 何するんです――」

 「まだヒヨッコのくせに一丁前(いっちょまえ)な事言ってんじゃないよ! 絶対に優勝できるレシピなんてありゃしないんだよ」

 

 ヒリヒリする額を抑えながら、ポカンとした表情で、ローザさんの説教を聞く。


 「……優勝したいのは分かる。でもね、誰だって目先の事ばかり考えていたら、絶対大切な物を見落としてしまうんだ。今のあんたはどうだい?」

 「俺は……」


 ローザさんに説教され、これまでの自分を振り返ってみた。

 

 小さいころから料理人である母さんの背中を追いかけていた。早く追いつきたいと強く思っていた。

 そのチャンスの一つが、つい最近俺の元にやってきた。

 

 学内料理コンテスト――。これで優勝できれば、確実に一歩、プロへと……夢へと近づける。そう思って俺は、挑もうと決意した。

 図書館の料理本を日が暮れた後まで読み漁り、考え続けた。絶対に優勝できるレシピを……。

 結果、あれもダメ、これもダメで、何も浮かびやしなかった。

 

 こんなに必死になって考えてるのに、なんで? なんで優勝できるレシピを……母さんに近づけるレシピを思いつかないんだ?

 

 『誰だって目先の事ばかり考えていたら、絶対大切な物を見落としてしまう』


 ローザさんの言葉が頭をよぎる。


 「――そうだ、俺……」


 言葉の意味が、ようやく理解できた。

 

 「俺……優勝する事ばかり、考えてたんですね」


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