第八十五話 ようやく見つけた私の希望
「――クソがっ!!」
怒りのこもった怒鳴り声が周囲に響く。不良トリオのリーダーは側にあった本棚を蹴り、八つ当たりした。
「あ、あんちゃぁん……ここでは静かにしないと、図書委員の奴らが――」
「あぁん?」
「ひっ!」
太っている仲間の一人を鋭い目で威圧する。今のリーダーには触れないほうが良いと察していたもう一人の背の小さい仲間は、ずっと黙っていた。
ロアがミルの本を咥えて逃げ、追いかけた彼らは今、図書館の別館にいた。
ガストルメ料理学園の図書館は中央、西、東、北の四つのエリアに分かれている。彼らが今いるところは東エリアだ。
「そ、それにしてもあの黒い狼どこ行ったんすかね? 本を食べる気でしょうかね? 本を食べて、ぶくぶく太る……ぶくぶく……ブックブック。なんつって……? アハハ~……」
「……アホ」
太った仲間がリーダーの機嫌を回復させようと、究極的につまらないダジャレを言った。
「……バカかオメーは?」
「ひぃぃ! ごめんなさいぃ!!」
自分の言ったダジャレが気に食わなかったのだと思い、太った仲間は全力でリーダーに土下座し始めた。しかしそれは違った。
「――アイツはただの狼じゃねぇ」
「へ?」
「あんちゃん、それはどういう……?」
背の小さい仲間がリーダーに問いかける。リーダーはもう一度側に合った本棚に、今度は一発殴って八つ当たりをした。
「アレは……精霊だ。恐らく今図書館にいる誰かのな……」
「えぇ!? はっ、も、もしかしてあの女の精霊……?」
「いいや、あの女の精霊じゃねぇのは確かだ。あの弱虫野郎があんな精霊を従えている訳がねぇからな」
「な、なるほどー! さっすがあんちゃん! あったま良い!!」
土下座していた仲間が上機嫌に媚びを売るが、リーダーは顔色変えずただ考えていた。
「……この学園の生徒達は全員、精霊と契約してる。契約した精霊が単独で行動するなんてありえねぇ」
リーダーは仲間に背を向ける。
「誰かがあの精霊に本を奪えと命令した。恐らくあの女の仲間だ。行くぞ……どこの誰か知らねぇが、許さねぇ。ぜってぇ見つけて、俺を欺いた落とし前付けさせてやる」
「へ、へい!」
「あ、待ってくださいよぅ!」
狂暴極まりないその男の表情は、怒りに満ち溢れていた。
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「ねぇミル、一つ聞いてもいいかな?」
俺は今、近くにさっきの不良トリオがいないか警戒しながら、ミルと共にカウンターへと向かっていた。
「は、はい。なんでしょうか……マサトさん……」
「その本って、どんな本なの? すごく大事そうにしてるからきになっちゃって」
「こ、これは……その……えっと」
もじもじしながら、さらにぎゅっと本を抱きしめる。聞かないほうが良かっただろうかと少し後悔する。
「あぁごめん! 話したくなかったら別に――」
「いえ……大丈夫です。本を守ってくれたお礼……です」
「……本当にいいの?」
ミルは小さく「はい」と返事をした。それから再びカウンターへと足を進めながら、本の詳細について話をした。
「改めて聞くけど、その本って何? 表紙は文字がかすれてなんて書いてるのか分かんないし誰が書いたかすらも分からない。ただこの料理の本の山だから、それも料理に関する本だってのはだいたい分かるけど」
「……確かに料理関する本です。……だと思います」
「だと思います?」
「実は私もよくは知らないんです。ただ知ってるのは――」
抱きしめていた本を離し、本の表紙を見つめ言った。
「これは――過去学内料理コンテスト優勝者のレシピが記録されている本、らしいんです」
「過去の学内料理コンテスト――優勝者のレシピ!?」
予期せぬ言葉を耳にし、とっさに大声を出した口を塞ぐ。
過去の記録ってどのくらい過去なのだろうか。もしやこの学園が作られた時から……?いいや気になるのはそこじゃない。ミルは確かに優勝者のレシピと言った。と、いう事はかなりハイレベルな料理本という事になる。
「ご、ごめんつい……。でも凄いな、優勝者のレシピかぁ。文字通り優勝者が当時作った料理のレシピが書いてるんだろうなぁ」
「だと、思います……」
「勉強?」
「は、はい。実は私――今年の学内料理コンテスト、出場してみようかなって……」
勇気を振り絞るようにミルはそう言った。
「え、ミルも?」
「へ? 『も』ってもしかして、マサトさんも出るんですか?」
「うん、出る。って言っても、まだ全然レシピ浮かんでないんだけどね……」
「そ、そうなんですか……」
でも、と俺は拳を強く握って、自分に言い聞かせるように言った。
「絶対に優勝を狙うつもり。優勝して、学園に名を刻んで、それからどんどん料理の腕を上げる! 俺の夢のために」
「マサトさんの……夢?」
「自分の店を持つ。それが最終的な俺の夢」
「……!」
改めて言うとなんだか少し恥ずかしい。だがちゃんと本気だ、嘘偽りは一切ない。
「――しも……」
「え?」
聞き取れないくらいの声でミルが何か喋った。
「わ、私もっ! 優勝狙います、絶対に!」
「――うん! じゃあライバルだね!」
「は、はい……!」
下の階のカウンターにいる図書委員が、こちらを睨み、わざとらしく咳ばらいをする。俺とミルは小さく頭を下げた。
それからロビーに降り、ミルはカウンターで本を借りる手続きを行った。
若干不機嫌そうな顔の図書委員は、俺らに深く注意を促した。
「図書館では、お、し、ず、か、に、してくださいね?」
「ご、ごめんなさい」
「すみません……」
怒らせたら絶対に怖いだろう図書委員の前で、俺達は小さく小さく、縮こまった。
いろいろあったが本を無事借りる事が出来たミルは、ほっと胸をなでおろした。
「はぁ~良かったです、無事本を借りれて。あの……本当にありがとうございました」
「気にしないでいいよ。それより勉強頑張ってね。俺も負けないから!」
「はい、頑張ります……!」
新しいライバルがまた増えた。これでますます負けられなくなった。
「それじゃあ私はこれで……マサトさんは?」
「俺はもう少しここにいるよ」
「そうですか……頑張ってくださいね……!」
笑顔で見送り、ミルはエレベーターの中へと消えていった。
「さてと――もう少し探したら俺も上がろうかな」
何か一つでも収穫できればと願いながら、俺はまた途方もない本探しの旅に出た。
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「――イッカイデス!」
私はここの図書館を入学当初から利用しているけど、いつまで経ってもあの絶叫アトラクションは慣れない……。
最初利用した時はそれはもう酷い有様だった。エレベーターに乗るなり、いきなり急降下し始め、今までに出したことの無いような声にならない叫び声をあげたのを今でも覚えている。
やっとの思いで地下図書館に到着するも、数分手すりから手が離れない上に、腰が抜けて立てなくなったのは今でも私の黒歴史。
「はうぅ……やっとついた……猛スピードで降りたり上がったり、意味あるのかなぁもう……」
少しふらつきながらもエレベーターから降りる。私は借りた本を大事に持ち歩きながら、部屋へと帰り始めた。
「でも本当に良かった、本が無事で……」
先ほど図書館であった出来事を振り返りながらとことこ歩く。
「あそこでマサトさんに助けてもらわなかったら、今頃この本は――」
「――俺らに盗られてた、かぁ?」
「……へ?」
曲がり角の向こうから聞こえてくる突然の男の声に立ち止まる。後ずさりをする間もなく、彼はふらりと不敵な笑みを浮かべながら現れた。
「――よぉ」
大事に持ち帰ろうとしてたやっと見つけた本。マサトさんに守ってもらった本を、私は手元から離した。
誰もいないしんとした廊下に、本が落ちる音だけが響いた。