第八十二話 不安と焦り
翌朝、何に起こされるわけでもなく自然と瞼が開き、目が覚める。
ゆっくりと上半身を起こし、ぼやける目を擦る。
同時に目が覚めたロアは、ベッドの横で大口を開けながら欠伸をしている。
「おはようロア。眠そうだね、まだ寝ててもいいんだよ?」
ムクッと起き上がったロアは、大丈夫と言わんばかりに、俺の元に顔をうずめてきた。
「グルルゥ」
「うん、俺はだいじょう……ふわぁ~」
本当は少しだけまだ眠い。
俺とロアがなぜこの調子かというと、昨日の遅くまで料理の試作を作り続けていたからだ。
考えては作り、これじゃないと感じたらまた一からレシピを考えまた作る。その繰り返しだった。
案の定、これなら優勝を狙える、と思った料理は作れておらず、結局は、ただただ体力と精神力を浪費するだけの一日で終わってしまった。
「やっぱり一からレシピを考えるって相当難しいな……。そう考えるとプロの料理人って本当に凄いよね」
天井を見上げながら、ため息まじりに呟いた。
ロアが心配そうな目で俺を見上げるが、心配ないと優しく頭を撫でた。
「大丈夫、まだまだこれからだよ。それに今日と明日は学校休みだし、そのうち良い案が浮かぶさ」
「……ガウッ!」
安心したのか、ロアは紫色の光球になり俺の胸の中へ、ふわりと消えていった。
ベッドから降り、顔を洗いに洗面台へと向かうとする。
「さてと……あ、今日の新聞――」
扉の下の隙間に挟まっている新聞紙に目が留まる。
すぐさま拾い上げ、日差しが差し込む明るい窓辺でさっそく読んでみた。
「お、これは――」
新聞の表紙には、ただ一つの内容のみが、でかでかと掲載されていた。
『ガストルメ料理学園、学内料理コンテスト開催!! 腕に自信がある若人達よ、集え!』
他にも、『主役は君たちだ!』という吹き出しと共に、何とも言えない下手くそなキャラクターが描かれてある。しかしそれ以前に、そこには衝撃的な事実も書かれてあった。
「開催日二週間後……二週間後!?」
新聞に目を近づけて、再度確認する。そこには確かに二週間後と書かれてあった。
「二週間後って……思ってたより早いなぁ……」
一ヵ月かそのくらいかと思ってたのに、まさかの二週間、十四日後……。
一ミリもレシピ作りが進んでいない自分には、追い打ちでしかない内容の記事だ。
「落ち着け、二週間って考えるから短く感じるんだ。そうだ、十四日って考えよう……! そっちの方が長く感じる……ような気がする」
言い方を変えたところで、これでは感覚的な解決にしかならない。数分前の余裕はどこに消えたのか。
「そのうち良いレシピが浮かぶって自分で言っといて、ちょっと自信無くなってきた……」
窓辺に手をかけ、外を見つめる。
「大丈夫だよね、きっと……」
不安を感じつつも、無理やり焦りを吹き飛ばし、手早く身支度を済ませた。
「さて、二人を誘って朝食に……あぁいや休ませとこう、きっとお疲れのはずだし」
実は昨日遅くまでコンテストの試作作りをしていたのは俺だけではない。
イオラやフィナ、その他の生徒も調理室で各々が切磋琢磨に試作作りをしていたのである。
そのため、昨日の調理室は珍しく活気があった。
部屋を出て二人の部屋に寄らず、今日は俺は一人で食堂へと向かった。
「そうだ。朝食食べた後、図書館に行ってみようかな。もしかしたら良いアイデアが見つかるかもしれない」
分からない事を調べたければインターネット……なのだが、この異世界じゃ無理があるため本や人から知識を得るしか方法がない。
ということで行きつく答えは、叡智が結集している場所、図書館に行くしかない。
「というか、行く行かない以前に、この学園に図書館が存在するのかすら分かんないな……。一応学校だしあって当然だと思うけど……」
そんなこんな考えているうちに、一階に降り着いた俺は、食堂への一本道を歩き始めた。
「――あれ、あそこにいるのって……」
約十メートルほど先で歩いている、見覚えのある白髪の男子生徒。どうやら彼も朝食を摂りに食堂へと向かっているようだ。名前は確か――。
「マーロウ!」
「ん? おー! お前昨日の! えっとー……マサト!」
眩しいくらいの王子スマイル。きっとイケメン好きの女子ならイチコロだ。
「おはようマーロウ。名前覚えてくれてたんだ」
「そりゃあお前、あんな衝撃的な出会い方すれば嫌でも覚えるさ」
「ごもっとも……マーロウもこれから朝食?」
「あぁいや、俺はちょっと忙しくてな。売店で適当に買って部屋で食うつもりだ」
十中八九コンテストのレシピ作りだろう。俺はそれを察した上であえて聞かないことにした。
「そっか、頑張ってね。あ、そうだ。ねぇマーロウ、ここ図書館……もとい図書室ってある?」
「ん、あぁあるぞ、図書館がある」
「どこ? 半年くらいいるけど全く分かんないんだけど……」
するとマーロウは、人差し指を立て、床へと下した。
「『地下』」
「あぁ地下ね、ありが……地下!?」
衝撃的事実を耳にして、朝の眠気が全て吹き飛んでしまった。