第八十話 鳩が豆鉄砲を食ったよう
昼休み終了五分前、イオラ達と別れた正人は、午後の授業のため調理室にいた。
「ペティナイフ……良し。出刃庖丁も……良し」
いつものように包丁を一枚一枚、ちゃんと研げているか点検作業をする。
その頃、周りの生徒達は、例のコンテストの話題で盛り上がっていた。
一つの調理台を囲むように四、五人が和気藹々と話している。
その楽しそうな雰囲気を見ていると、自分も参加したいという衝動に駆り立てられるが、混ざるわけにはいかない。
なぜ混ざらないかというと、話の中で万が一良いアイデアが浮かんで、うっかり口から漏れてしまったら、そのアイデアを取られてしまわないだろうかと言う心配があるからだ。
だからこうして一人寂しく包丁を点検している。
最後の一本を点検し終わると同時に、本日の授業を担当する先生が勢いよく扉を開き入室してきた。
「おら、さっさと席に着けお前ら、授業始めんぞ」
「……はぁ」
ハズレを引いてしまったかのように、ため息が溢れる。
そして生徒達は皆、露骨に嫌な表情を浮かべる。
ルボナード先生だ。
「……おいマサトてめぇ、今わざと聞こえるようにため息吐いただろ?」
「……いいえ?」
少しの間を挟み、思わずそっぽを向いて返答する。
これもまた運悪く、俺の席は教卓から1番近い前の調理台だ。
教卓側から二列、教室の後ろまで並んでるのだが、1番前の二つの調理台はいつも空いている。
俺の場合は先生の手本が間近で見れるから前の席を取っているのだが、今みたいに先生に目をつけられやすいため前の席を避ける生徒が多々いるのだ。
「……まぁいい、ちょっとこっち来い。テメェに話がある。他の奴らは調理の準備をしとけ」
俺を除く他の生徒達が一斉に動き出す。
周りの生徒達はルボナードの元へと歩む俺を気の毒そうな目で見送った。
まさか説教でも始まるのだろうか
「な、なんでしょうか? まさか説教ですか……?」
「ちげぇよ。まぁ大したことじゃねぇんだが……分かるよな?」
俺の顔を覗き込むように、分かるよな? と言うが、これっぽっちも心当たりがなかった。
「いいえ、まったく?」
「アレだ! ほら、お前が前ローザの店で作ったって言うあの茶色くて丸いやつ……」
「鶏の唐揚げ?」
「そうそれだ! そのカラアゲとか言うやつだ!」
それがどうしたのかと一瞬心の中で呟くが、すぐに何が言いたいのか察してしまう。
俺は全てを察した上で聞いてみることにした。
「ソ、ソレガドウカシタンデスカ……?」
「もう分かってるだろうが。――あれのレシピを教えろ」
以前、街で出くわした時にも同じことを言われた。
あの時はルポネさんが助けてくれて難を逃れたが、今回はさすがに救いの手を差し伸べてくれる人がいない。
というのも相手がルボナード先生だから仕方がない……。
通りすがりのプッタ先生が調理室に突進してこないかと謎の期待をするも、そんな都合のいい事そうそう怒るわけもなく、ルボナード先生はじっと俺を睨んでいる。
「そういや、頼むのはこれで二回目だなぁ? 前回はルポネの野郎に邪魔されたからな」
「……もし断ったら?」
そう言うとルボナードはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、両手を組み、どうなるか分かってるだろうな? と言わんばかりにボキボキと鈍い音を立て始めた。
実は、教えるだけなら別に構わない。
けれど、時期が時期。
もうすぐある学内コンテストに向けて練習したいため、レシピを教えてあげる暇がないのだ。
「……すみません、教えるのは別に構わないんですけど、今度あるコンテストに向けて練習したいので教える時間がないんです……。というわけで、また今度に――」
「よし、なら俺が手伝ってやる。それでいいな?」
「はい…………え?」
突然の発言に、俺は鳩が豆鉄砲を食ったように驚いた。