第七話 雑貨屋騒動
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少し歩くと、白い大きな傘とテーブルが立ち並ぶ広場に到着した。
それは周囲の建物に沿うようにして出店していた。
よく見ると、テーブルを囲んで何かを口にしている人が沢山いる。
「なんかいい匂いする。もしかして、あれレストラン?」
食欲をそそる匂いが俺の鼻に届いて来て、レストランだと確信した。
ここでは初めて見る飲食店の光景だ。
それと広場なだけあって、人通りも結構多い。
ナイフとフォーク片手に談笑してる人。
市場で買い物を済ませて、重そうに買い物袋を抱きかかえる人。
無邪気に遊ぶ子供達。
そういう光景だけは元居た世界と同じで、少し安心感を覚えた。
石でできたアーチ橋を渡り、次のエリアへと向かう。
今度は、やや小さめの家が真っすぐ両端に続いている場所に来た。
中世を思わせるレンガで出来た立派な家々。
でもこちらのエリアには市場があまり出店していないみたいだ。
あっても小さな花屋とか装飾品などが売ってる所が少しだけ。
買い物袋を持った人が家を出入りしている。
どうやらこっちのエリアは、家の中に店があるようだ。
よく見たら、お菓子屋、楽器屋、本屋などがある。
そしてその中にひと際目立つ家が、目に飛び込んできた。
「なんだ、あそこ……」
窓がいくつもある、白と赤のレンガで作られた大きめの家。
屋根には複数の煙突が立っており、蔦が少々へばりついている。
家の前に看板が立っていることからして、そこもお店だという事が分かる。
よく言えば味のあるお店。
悪く言えば、魔女の店。
だが気になる……。
気づいたら俺はそのお店の前に立っていた。
入り口の真横にある窓の向こうには、お皿やコップ、何かの植物が生えた植木鉢などが飾られていた。
雑貨屋なのだろうか。
「おじゃましまーす……」
店のドアを開けると、カランコロンと心地良い音が歓迎してくれた。
薄明るい店内を見渡すと、ここがどういう店なのか一瞬で把握した。
「ほとんど料理に使うものばかりだ……キッチン雑貨屋かな?」
「そうだよ」
「――っ!?」
突然の女性の声に驚く。
目の前のカウンターに人がいたみたいだ。
全然気が付かなかった……。
店主と思わしきその女性は、カウンターで頬杖ついて俺を見ていた。
「ここは初めてかい?」
足元に届くほどの長い赤髪。
キリッとした緋色の瞳。
目のやり場に困るブラジャーを付けており、極めつけはなんと、黒い鱗の尻尾と翼が生えている。
まるでドラゴンみたいだ。
「え? まぁ、はい……」
「ふーん……見ない顔だねぇ。坊や、この国のもんじゃないだろ?」
女性の鋭い眼差しが突き刺さる。
やばい。
もしかして、異世界の人間だってバレたんじゃ……。
「ええと……つい最近この国に引っ越して来たもので、あはは……」
「…………なぁあんた。ちょっとこっち来な」
「うっ……」
鋭い視線に耐え切れなくなって、俺はその女性の元へと歩み寄った。
もし異世界から来たってばれたらどうなるのだろうか。
不法入国扱いされて牢獄に連れていかれたりしないだろうか。
ティラも口を噤んでたし……。
女性は座ったまま俺をじっと睨み続けた。
「な、なにか……」
すると俺の両頬に妖艶な女性のヒンヤリとした両手が飛び込んできた。
「アブッ!!?」
「あんたァ……!!」
牢獄生活を一瞬イメージした。
ここまでか、と思っていると、急にその手は頬から遠ざかっていった。
「――っぷ、アッハハハハ! そうかいそうかい! よく来てくれたね、ゆっくりしていきなよ!」
「へ……? は、はい」
拍子抜けした声が漏れた。
何はともあれ危機は去ったようだ。
「あ、そうだ! 遠路はるばるやってきたあんたに良いもんやるよ。ちょっと待ってな――」
そう言って女性は店の奥へと消えていった。
何をくれるというのだろうか。
店内を見て回っている間に、女性は手に何か抱えながら戻ってきた。
「ほらよ」
「これは……『包丁』?」
高級感漂う、細長い黒箱を開けると、中に木でできたカバーに身を包まれた出刃包丁が入っていた。
とても初めて来た客にくれてやる代物とは思えない。
カランコロンッ。
「いらっしゃい!」
他のお客さんが入ってきたようだが、俺は振り向きもせず、その包丁を眺めていた。
「こんな高そうなの、貰っちゃっていいんですか!?」
「ああ。いいんだよ。どうせうちの倉庫にずっと居座ってた困りもんさ。まったく……邪魔ったら無かったよ……」
きっと今の俺の目は、誕生日プレゼントをもらった子供のような目をしているの違いない。
くれるというなら、ありがたく貰う他ない。
「ん、どうした? 気に入らなかったかい?」
「そんなっ! 嬉しいです、すっごく。なんか、誕生日プレゼント貰った時みたいな気分です……。えっとー……」
「あぁ、あたしは『ローザ』。この雑貨屋の店主だ」
ローザと名乗るその女性は、鋭く尖った八重歯を見せながら微笑んだ。
「正人です。ありがとうございますローザさん!」
「あぁ。使った後は必ず研ぐんだぞー?」
ローザさんは注意深く俺に言った。
「分かりました! 大事にしま――」
バシュッ。
包丁を持っていた手が突然軽くなった。
「?」
恐る恐る俺は自分の手を見た。
「……え。あれ? 包丁が、無くなってる!?」
「――ッ! さっきの野郎、盗人だったか!!」
ローザさんが大声でそう言った。
さっき入ってきた客らしき人物の事だ。
入り口を振り返ってみると、そいつはいた。
片手に俺が貰ったばかりの包丁を持っている。
間違いなく奴が犯人だ。
しかし焦げ茶色のフードで身を包んでいて正体が分からない。
「待て返せっ!!」
「おい正人!?」
ローザさんの声が後ろから聞こえた。
だが俺は急いで扉から出て盗人を追いかけた。
まるで魚をくわえた猫のように、颯爽と俺の包丁を盗んで逃げて行ったフードを被った謎の人物。
「っく……! おい止まれって!!」
油断した、完璧に油断した……。
初めての異世界なんだ、ちょっとは警戒しておくべきだった。
こんなに平和な国だから、こういう盗人の類はいないもんだと思ってた。
人混みを掻き分けながら俺は後悔した。
「きゃっ!」
「あだっ!」
「すみません、ちょっと通してください!」
しかし早い……本当に猫みたいにすばしっこい奴だ。
俺がこんなにも通行人とぶつかりながら走っているのに、奴は簡単に避け進んでる。
なんて身のこなしだ!
その時、奴はチラッと振り向いて、ようやく俺が追いかけている事に気付いた。
残り十メートルくらい!
あと少し踏ん張れば手が届きそう。
そう思った矢先、奴は急に左折して路地裏へと入っていった。
「まって嘘でしょ!?」
綺麗に直角に曲がって入った。
絶対に見失う訳にはいかない。
万が一あの包丁で人を殺めでもしたら、ローザさんやその他もろもろに迷惑がかかる。
家と家の間にある奴が入った狭い路地裏へ俺も曲がる
街灯が少ない薄暗い細道だ。
こんな路地裏にも何やら気になる店が沢山あるが、今はそれどころではない。
短い階段を下りたり上ったり。
真っすぐの道を進んだり、曲がったり。
迷路のように入り組んだ路地裏を俺は走り続けた。
「よし、だいぶ距離が縮まった……!」
結構持久力に自信のある俺も、そろそろ体力に限界がきている。
あと五メートル……三……二……一……。
「ハァ……ハァ。くっ! と、どけぇぇえええ!!」
俺は最後の力を振り絞って、奴の背中に向かって思い切り手を伸ばした
「よし……! 捕まえた……って、うわ!!」
背中を掴むことには成功した。
だがその反動で足のバランスを崩してしまい、犯人もろとも勢いよく転倒してしまった。
「っつー……あそうだ、包丁!!」
俺は立ち上がろうとする犯人の上にまたがり、包丁を取り返そうとした。
犯人も必死に抵抗はしたものの、俺は無事包丁を取り戻すことに成功した。
「ふぅー、やっと取り返した……。さてと――お前は、誰なんだっ!」
ついでに正体も知りたかったので、俺は犯人が被っていたフードを無理やり脱がせようとした。
「あっ、ちょっ! たんまたんまっ!! ストップ!!」
この高い声質――!
気づいた時にはもう遅く、俺は既にフードを取っ払っていた。
綺麗な黄緑色のショートヘア。
垂れた猫耳。
美少年のように小さく整った顔立ち。
女の子……のようにも見えるし、男の子のようにも見える。
「え……うん? ……どっち?」
「どういう意味かなぁ? っていうか早くどいてほしいんだけど……」
「あ、ごめん。……じゃなくて! なんで俺が謝んないといけないのさ!!」
だがどいた。
なんかいけない気がしたので。
性別不明の犯人はスクッと立ち上がり、パンパンと服の埃を払った。
「――あいったっ! もー、足くじいちゃったじゃん……。だいたいなんでボクに追いつけたの? 意味わかんないんだけど」
相当自分の足に自信があったのだろうか。
かなり悔しそうな表情を浮かべている。
「そんな事より……なんで俺の包丁を盗んだりしたのさ? まさかやっぱり人ごろ――」
「そんな勇気、ボクにはないよ」
「じゃあなんで……」
壁に寄り掛かった犯人は、ニヤリと笑みを浮かべ、俺を見た。
「言ったらそれ、くれる?」
「ダメに決まってるだろ」
「むぅケチ」
とりあえずこれで無事包丁は取り返した。
ローザさんも心配しているだろうから、一応これから店に――。
「……友達が、このままだと死んでしまうかもしれないんだ」
「え……?」
低めのトーンで語りだした犯人の顔は、なぜか苦痛の表情を浮かべていた。
「僕たちは『レギュムア』って言う遠い国から、遥々この国にやって来た。あの学園――ガストルメ料理学園に入学するために」
「――!」
俺と同じあの学園に入学する生徒だったことに驚く。
「でも、あと少しでこの国に着くってところで、お金と体力が尽きちゃってさ。やっとの思いでこの国に到着したのは良かったんだけど。ボクの友達は体力の限界で倒れちゃって……」
「…………」
「何か食べさせてあげたい。けどお金がない……。そう思いながらあの雑貨屋に入ったら、いかにも高級感漂うものがボクの目についた」
「俺の包丁、か……」
合点は行った。
納得もそこそこした。
「そのとおりっ! これは金になるって確信したよ~。でも結局こうやって取り返されちゃってるんだけどね~……」
そう言って苦笑いを浮かべる犯人。
「けど驚いたなぁ、この僕にピッタリ付いてくるんだもん。賞賛に値するよ。どんな精霊の力使ったの?」
「え、いや。何も使ってないよ? 火事場のバカ力ってやつかな」
「うっそだ~! よいしょっ……あれ――?」
犯人が立とうとしたその時、急にふらつき始め、バタンと地面に倒れ込んでしまった。
「え!?」
「あーやっぱこうなっちゃうかー……。実は僕もちょっとだけお腹空いててさ、さっき走ったから余計に空いてきちゃった、えへへ……」
空腹、疲労、色んな事が混ざり合ってもう身体が限界なのだろう。
このままだと確実に危ない……。
俺は犯人の元に歩み寄り、腕を自分の肩に回した。
「ん……なにして――」
「『腹を空かしてる人は見過ごせない』能力を持っててね。このままその友達のところ行くよ」
「でもボクは君の包丁を……」
「『どうでもいい事は忘れる』能力も持ってる」
俺はそのままゆっくり気を付けながら歩き始めた。
「なにそれ…………ありがとね。それじゃあとりあえず、まっすぐこのまま真っすぐ進んで?」
「おっけー」
案内に従い、支えながらゆっくりと進んだ。
「あの曲がり角を右」
「あれか」
ボスンッ。
曲がったら何か硬いものにぶつかった。
行き止まりかと思ったが、そうじゃない事が一瞬で分かった。
――怪物だ。
「おい……どこ見て歩いてんだ? ちゃんと前見て歩けや愚図がっ!! おらぁ今機嫌が悪ぃんだよ!!」
「す、すみません気を付けます……」
耳が痛くなるほど大きな怒鳴り声だ。
無精ひげを生やした強面の顔。
頭部からは二本の極太の角が生えており、身長は余裕で二メートルはいってるだろう。
それとなぜかコック服を着ている。
黒い前掛けに白いコックコート。――あれ……左胸にある卵から羽が生えたようなエンブレム、どこかで……。
「何見てんだよ?」
「ごめんなさい。なんでもないです……」
「フンッ。どいつもこいつも俺をイライラさせやがる……」
かなり気性の荒いその男は、ズカズカと路地裏の奥に消えて行った。
「なに今の、こわぁ……」
「そうだね……」
ヤクザのような雰囲気を思わせる男だった。
路地裏は、ああいうやつばっかりなのだろうか。
できればもう二度と会いたくない。
そう思いながら、俺は引き続き案内に従って路地裏を彷徨い始めた。