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第七十五話 先生

 明るかった生徒達のオーラが次第に重くなる。


 そして整理がつかないまま、ルボナードによる調理実習が始まった。

 また前回のようになってしまうのではないかと正直不安しかない。


 「今回テメェらに作ってもらうのは――『サルティン・ボッカ』だ」

 「え……?」

 

 一瞬、時間が遡ったのかと疑ってしまった。

 俺の聞き間違いじゃなければ、今ルボナードは前回の実習内容と同じ『サルティンボッカ』を作れ、と言ったのだろうか?

 

 「あの……それって前回作ったやつじゃ……?」

 「あぁそうだ。今回また作ってもらう。ちなみに調理工程は前回の授業で見せたからもう作って見せないからな。まぁ言うなれば今回は復習ってところだな」

 「は、はぁ……」


 聞き間違いじゃなかったようだ。

 

 でも大事なのはそこじゃない。

 俺達が心配しているのは、ルボナードの審査だ。


 ルボナードの理不尽かつ果てしなく厳しい審査によって、またせっかく作った料理が手を付けられないままゴミ箱行きになるのではないかと皆心配していた。


 「……冗談じゃないわ。食べられもせずにどうせ捨てられる料理をわざわざ作ると思っているの?」

 「嫌なら作らなくてもいいんだぞ? テメェの内申に響くだけだからな」

 「くっ……」

 

 イオラは悔しそうに唇を噛みしめた。

 

 俺はルボナードをまじまじと見つめた。

 

 なんかさっきから色々と怪しい。

 あそこまで授業をめちゃくちゃにしたのに学園を追放されず、また戻ってきた。

 そして挙句の果てには、前回作った料理をもう一度作れと言ってきた。

 一体何を企んでいるのだろうか。

 

 それを知るためにも、まずは言われた通り作るしかないのかもしれない。

 

 俺はイオラに近づき、こっそり耳打ちする。


 「イオラ、とりあえず作るだけ作ってみよう」

 「でもまた……!」

 「そうなった時はまた止めればいいさ。それになんか少し気になる」

 「……分かったわ」


 イオラは渋々決意した。

 

 「話は済んだか? ならさっさと準備にとりかかれっ!」


 ルボナードの大声により生徒達が一斉に動き出した。

 

 不満や不安が交差するが、とりあえず今は様子を見てみる事にしよう。

 

 俺達は調理を開始した。

 

 

 ************


 「よしできた!」

 

 調理開始から数十分後――、サルティンボッカが完成した。


 一度作った料理ということもあって、前回よりも少しだけ早く完成できた。

 質も多少は上がっているはずだ。


 「料理ができたやつは俺のところに持ってこい。……審査してやる」


 魔の時間がやってきた。

 誰もが心の中で『来た』と思ったに違いない。


 そして一人また一人と、生徒達はどんよりと暗いオーラを出しながら、料理をルボナードの元に持っていき始めた。


 「俺達も行こう」

 「……えぇ」


 俺も完成した料理を持って列に並んだ。

 そして列の後ろから、最初に審査を受けるペアの様子を伺った。


 「お、お願いします……」

 「…………」


 ルボナードがナイフとフォークを手に取った。

 そして丁寧に肉を切り、口へと運んだ。


 そのペアの生徒は目を瞑りながら、分かりきっている審査を待った。


 二口目を口に運び終えたところで、ルボナードは口を開いた――。


 「……味付けに(むら)がある。それに付け合わせのジャガイモにまだ芯が少し残ってやがる。まだまだだな」


 予想通りの審査。そう思っていた矢先だった――。


 「塩コショウは高い位置から振りかけろ、それでまんべんなく味付けできる。それとジャガイモはもう三十秒くらい茹でろ。それでようやくマシになる。分かったな?」

 「へ……? は、はいっ! あの……作った料理は……」

 「好きにしろ、以上だ」

 「え……じゃあ捨てなくても?」

 「言葉通りだ、何度も言わせるな。食うなりなんなり好きにしろ。はい次ぃ!」


 思わず耳と目を疑った。

 イオラも俺の横で目と口を開いて驚いている。

 

 そこからもルボナードは同じような審査を続けた。

 

 そして前回嫌というほど聞いた『捨てろ』という言葉を一切聞かずに、俺とイオラペアの番が来た。


 「どうぞ……」

 「…………」


 そういえば前回は俺達の番は回ってこなかった。

 という事はこれがルボナードによる初めての審査という事になる。


 ルボナードが料理を口に運んだ――。

 

 「…………」


 数秒間沈黙が続いた。

 ルボナードは険しい表情をしながら二口、三口と口へと運ぶ。

 そして、フォークとナイフが机に置かれ、ようやく口を開いた――。


 「……まぁいいんじゃねぇか、合格だ」

 「は?」

 「なんだその腑抜けたツラは? 気に入らねぇのか?」

 

 あまりの評価に驚きを隠せなかった。

 まさか今この男の口から『合格』という言葉が出たのか?

 あの憤怒の料理人と呼ばれたこの男が、こんな普通の審査を……?


 「……いったい何を企んでるの?」

 「あぁ? 何言ってんだ? 別に何も企んじゃいねぇよ。普通に審査しただけだ」

 「なんか気持ち悪い……」

 「……テメェは人を怒らせるのが得意なのか? まぁいい……とりあえずテメェらは合格だ。下がれ」


 イオラの言う通り少し気持ちが悪い……どこかムズムズする。

 本当にこの男はあのルボナード本人なのかと疑ってしまうほどに。

 

 厳しい審査はそこまで変わってはいないのだが、ちゃんと的確なアドバイスをしてくれている。

 しかも作った料理は捨てろと言わずに好きにしろと言う。


 俺達は最後の最後まで不思議に思いながら、審査を終えた料理を持って下がろうとする――。


 「……おい、ちょっと待て」


 急にルボナードに引き留められる。

 やっぱり何か悪い点があったのだろうか。


 「な、なんでしょう?」

 「まさかやっぱり捨てろなんて言い出すんじゃないでしょうね?」

 「……お前、確かマサトとか言ったな」

 「そ、そうですけど何か……」


 偉そうに腕組みをしながら名を呼ばれた。

 何を言われるのか想像もできない……。


 「お前は依然俺に言ったな。俺みたいなやつは、指導者、料理人に向いていない、と」

 「……えぇ言いました」

 「今の俺はお前の目にどう映る」

 「……!」


 本当に予想外の一言だった。

 

 俺は深く考え込んだ。

 そしてこれだと思う答えを正直に話した。


 「……確かにあなたは今まで教師にはあるまじき行為をしてきたと思います。この前だってそうです……。だからこの前言った言葉を撤回するつもりもありません」

 「…………」

 「でも――、今日のは少し、ほんの少し。それこそ雀の涙程度ですけど。……()()だったと思いますよ」

 「……ふんっ。そうかよ、下がっていいぞ」


 ルボナードはニヤリとほくそ笑んで次のペアの審査をし始めた。


 俺は内心ぶん殴られないか少し心配していたのだが、どうやらその危険はないようだ。

 

 後片付けをしようと調理台に戻ろうとしたら、イオラが何やら考え事をしているのに気付いた。


 「イオラ?」

 「……あ、ごめんなさい。なんかあいつがものすごく意外だったから……」

 「……まだあいつに対して怒ってる?」

 「それはもちろんよ。きっとこれからも許すことはないわ……。――でも、今のあの先生には料理を学んでもいいかなって少しだけ思ってるの。ほんの少しだけよ?」

 「そっか」


 俺は少し恥ずかしがっているイオラを見てどこかホッとした。

 

 「それじゃあ後片付け始めますか~」

 「えぇ!」

 「おい!! 肉が焦げてるぞ下手くそっ!! やり直せっ!!」


 ()()()()()()()の怒号になれるのには、時間がかかりそうだ。

 


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