第七十二話 スカウト
校長とティラが実習室を後にしてから数分後、ルボナードの元に保健室の老先生が傷の手当をしに訪れた。
「ほ~……こりゃまた派手にやったのぉ……」
実習室の凄い有様を目にした老先生は、目を大きく見開いて驚いている。
「む! おったおった」
実習室のど真ん中で大の字に横たわっているルボナードを発見し、小走りで駆け寄った。
ルボナードも保健室の先生の先生が来たことに気付いたのか、瞑っていた目を開ける。
「お前さん、今度は派手にやったようじゃのぉ」
ルボナードの横に座り、持ってきた箱から消毒液や包帯などの救急用具を次々と取り出す。
「まさかお前さんを手当てする日が来ようとはの。いつもはお前さんにやられた生徒達を――」
「つべこべ言わずさっさと手当しろ、クソじじい」
「ほいほい」
老先生は自分の精霊を呼び出す。
傷口を軽く消毒した後、精霊の力によって出血を止める。
軽い傷であれば塞ぐことが可能だが、ルボナードが受けた傷は結構深く、出血を止める程度しかできない。
出血が止まると、最後に包帯を巻いて終わりだ。
「ほい、終わったぞい。あとは自然に治癒するのを待つことじゃな」
応急処置が終わると、ルボナードは上半身を起こし、首を左右にボキボキと鳴らした。
「しかし、この傷はもしや――」
「……ティラの野郎だ」
「やはりティラのか……そうか……あの子も相当お前さんに怒りを抱いていたからしかたないのぉ」
「……じじぃ、ぶっ飛ばされてぇのか?」
「じゃが、よく生きておったのお前さん。ティラも手加減してあげたのかのぉ?」
立ち上がり、実習室の外へ出ようとする。
「……あいつは本気だった。――余計な邪魔が入っただけだ」
ルボナードは実習室から出て行った。
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俺がこの学園に来てからかなりの年月が経った。
俺はもともとこの国の出身じゃねぇ。
この国に来る前は、ガラの悪ぃ連中がうろうろしている治安のあまり良くない場所に住んでいた。
そんな街で俺は飲食店を営んでいた。
値段が高いが味は本物だと巷で噂されていて、客が毎日絶えないくらい繁盛していた。
しかし俺の店は他の店とは違う点が一つだけあった。
それは、従業員が俺一人だという事だった。
なぜ一人かなんてそんなの決まっている。ただ単に他の奴がいると邪魔だからだ。
腕が悪ぃ奴だったらなおさらだ。
料理の腕にも絶対的な自信があった。だから一日に百人、二百人来ても大変だと感じたことは一度もなかった。
俺さえいればいい。俺さえいれば全てが上手く回る。そう思っていた。
しかし、奴が来て俺の生活は一変した。
ある昼間、俺の店に奴が入店してきやがった。
見た目は軍服の様な服を着ていて、胸にはなんだか分からねぇエンブレムを付けていた。
一目見てすぐに分かった。こいつはこの街の出身ではないと。
入店してくるなり、俺の作った料理を食わせろとしつこくせがんできた。
口うるせぇ男だったが、金は持っていたから仕方なく作ってやった。
注文したのは、うちの看板メニューでもあるサルティンボッカだった。
俺は五分ほどで作り上げ、奴に提供した。
出されたサルティンボッカを見て、奴は子供の様に目をキラキラさせていた。
しばらく鑑賞した後、ようやくナイフとフォークを手に取り、食べ始めた。
すると奴は、食べてる最中にニヤリと笑った。
ますます妙な客だと俺は気色悪がった。
ようやく食べ終わり、奴は勘定を済ませ普通に店を出て行った。
やはり普通の旅人か何かかと思い、俺は奴の事を忘れ、閉店まで料理を作り続けた。
外が闇に覆われた頃、最後の一人をさばき切り、俺は店を閉めようと外へ出た。
すると、店前に誰か立っていることに気付いた。
顔を確認してみると、立っていたのは昼間サルティンボッカを食いに来た奴だった。
俺が、今日はもう店を閉めることを伝えようとしたその時、奴の口から思いもよらない一言が放たれた。
「なぁ店主。お前うちの学園で教師やらないか?」