第六十六話 理想の料理人
イオラの大声により、調理室がしんっと静まり返る。
「……イオラ?」
鋭い眼差しで列からルボナードを睨みつけているイオラは、そのまま列から外れ、怒りの形相を浮かべたまま、偉そうにふんぞり返っているルボナードの教卓へ、ズカズカと向かった。
そしてイオラはルボナードを睨みつけたまま、片手で勢いよく教卓を叩いた。
「もう我慢の限界よっ!! 貴方それでも国家精霊料理人なのっ!?」
調理室にイオラの怒号がビリビリと轟く。対しルボナードは、無表情のまま、ただイオラを見上げている。
「なんだまたテメェか……。何が気に食わねぇか知らねぇが、審査の邪魔だ、消えろ」
ルボナードのその一言は、イオラにとって、ただ火に油を注ぐようなものだった。
「何がって……信じられない、貴方そんなのも分からないのっ!?」
「……あぁ。知らねぇ」
ルボナードが返事をすると、イオラは舌打ちをしてゴミ箱を指さした。
「あの廃棄の山を見てなんとも思わないの!?」
そう言われたルボナードは、視線だけを俺の横にあるゴミ箱へと向ける。
「彼らがせっかく作った料理を一口だけ食べて、一言『不味い、捨てろ』と、言うだけ言って不合格。勿体ない……本当に何も感じないの!? 貴方は!!」
イオラは、ため込んでいた怒りと共に、言いたい事を全てルボナードにぶちまけた。
それでもなお、ルボナードは表情を崩さず、極めつけにこう言った――。
「――それがどうした?」
「なっ!?」
あまりに心がこもっていない一言だった。本当にこの男に心が宿っているのかと疑ってしまうほどに。
突然の一言にイオラも戸惑っている。
「不味くて下手くそな料理を捨てて何が悪いんだ? あんなもん、客に出せねぇだろうが」
下手くそ。ルボナードがそうは言うものの、審査に持っていったサルティン・ボッカは、ほとんどが綺麗で美味しそうなものばかりだった。少なくとも他の先生なら合格は出していたはずだ。
プロの審査とは言え、この男の審査は、厳しすぎる上に非情すぎるのではないだろうか……。
「だからって――、せっかく作った料理を捨てる事ないじゃない!! 審査を受けた彼らも! 料理も! ――可哀想よっ!!」
「イオラ……」
イオラの瞳には、少量の涙が浮かんであった。それは、非情な審査を受けてしまった生徒達と料理に対する、哀れみの涙だ。
「貴方は料理人として、いいえ――、人として失格よっ!」
「……テメェ――」
ルボナードがすっくと立ち上がる。そしてイオラの目の前まで歩み寄り、思いもよらない言動を行
「……!!」
「――! イオラっ!!」
ルボナードは勢いよくイオラの胸倉を掴んだ。そして、身長約二メートルあるルボナードの目の高さまで持ち上げた。
「ぐっ! うぅ……」
掴まれた腕を離そうと必死にもがくが、イオラの胸倉を掴んでるルボナードの腕はピクリとも動かない。
「分からねぇようだから教えといてやるがよ。俺が作った物と同じ品が作れなきゃ、全部ゴミなんだよ」
俺は刹那に思った。料理人にはあるまじき言動をするこの男は、本当にオムニバスの一員なのかと。本当に俺が心からなりたい料理人なのかと。
「きゃっ!!」
「……!!」
ルボナードは胸倉から手を放し、イオラを床へと放り投げ、憤怒の瞳で睨み下ろした。
「ロゼ」
「あら、いいの? せっかく復帰できたのに」
「構わねぇ。分からねぇこいつが悪ぃんだ」
ロゼは渋々、イオラへと炎を放つ準備をした。
イオラは、床に放り投げられた時の衝撃で立ち上がる事が出来なかった。
「俺の作った手本と少しでも違う料理を作ったあいつらは当然不合格だ。下手くそな料理はいらねぇ……。この程度の料理が作れねぇ奴もいらねぇ……。それが分からねぇ奴は――」
「ごめんなさいね。少しだけ我慢してちょうだい……」
……いいや違う。こんな事をするやつは、俺は本当の料理人と認めない。そしてこの男は少なくとも、俺が目指そうとしている理想の料理人でもない。俺がなるべき料理人は――。
「俺の前から消えろ」
この世界に来る前から決まっていた。
「うっ……!」
イオラに向け、巨大な炎が放たれる。その瞬間、俺とロアは間一髪、間に入ることができた。
「マサト……! ロア……!」
そして急いでロアの紫の炎でロゼの炎を相殺させる。
「あら。消えちゃった」
「テメェ……」
「グルゥ……!」
「…………」
俺とロアは、後ろにいるイオラを庇いながら、ルボナードを睨み上げた。