第六十五話 最悪の調理実習
「――準備完了ね。調理手順は今話し合った通りで大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「それじゃあ始めましょう!」
調理手順の打ち合わせを簡単に済ませ、俺達はついにサルティン・ボッカの調理に取り掛かった。
俺はさっきのルボナードの調理の手本を思い出しながら下ごしらえを進める。
豚ロース肉は反り返らないようにしっかり筋切りを。それが終わったら肉を叩き伸ばす。だがさすがにルボナードの様に早く作業は行えない。認めたくないが、あっちはプロ中のプロだから仕方がない。
叩き終わって塩コショウを振ったら、セージ、生ハムの順に乗せ小麦粉をまぶす。そしてこれを、野菜をカットし終えたイオラに渡す。
「イオラ、お願い!」
「りょうかい! ――ミンティ! フライパンを温めて!」
イオラの肩にちょこんと座ってるミンティは命令を受けると、フライパンのそばに飛び移り、コンロに向かって炎を放った。そしてバターを加え溶けるまで熱する。
その間に俺は、鍋の湯を沸騰させ、イオラにカットしてもらった付け合わせの野菜を茹でる。
「ロア! 鍋のお湯を熱して!」
「グルゥ!」
ロアの足に纏っている鮮やかな紫の炎がコンロへと移る。すると瞬時にお湯が沸騰した。
カットしたジャガイモは串がスッと通るまで茹でる。そしていんげんは鮮やかな黄緑色になるまでさっと茹で、冷たい水にさらす。だったはず。
コンロの方から肉を焼く音が聞こえてきた。フライパンが温まり、イオラが肉をソテーし始めたのだ。
イオラはじっとフライパンの肉を見つめている。きっとルボナードが聞いた『音』のタイミングを計っているのだろう。
肉が焼けたかどうかなんて、何回も裏返して確認すれば分かる事。しかし、そうしてしまっては肉に傷がついてしまう恐れがある。
これはサルティン・ボッカ。もし余計に肉を裏返してしまって、くっつけておいたセージと生ハムが剥がれてしまうと、サルティン・ボッカの形が完全に崩れてしまう。だからこそ、タイミングを計る必要があるのだ。
「で、できました先生!」
「あぁ。んじゃあ審査するから持ってこい」
他のペアが、サルティン・ボッカをいち早く完成させたようだ。やはり審査があるようだ。
「…………」
ふとイオラの顔を見てみると、その表情はなんだかムスッとしていた。この表情から読み取れるイオラの心理はきっと――。
『持ってこいだなんて偉そうに。あなたがくればいいじゃない』に違いない。あの喧嘩の一件でルボナードは、完全にイオラの天敵になってしまったようだ。
「ど、どうでしょうか……?」
ルボナードは、そのペアが作ったサルティン・ボッカを、その体格には見合わないほど丁寧に、ナイフとフォークを使って口へと運んだ。
一口だけ食べ終えると、ルボナードは深い溜息を吐き、すぐに結果を伝えた。
「味が濃い、生ハムが剥がれ掛かってて見た目も悪ぃ。付け合わせの野菜もカットがバラバラ。お前、こんなのを客に出すつもりか?」
「あ……いや、その……」
容赦のないルボナードの酷評を受け、最初に審査を受けたペアは、たじろぐ他なかった。そしてとどめの一撃をさすように、ルボナードは最後にこう言った――。
「――捨てろ」
「……はい」
その一言で実習室の空気が一気に冷たくなったような気がした。
そのペアは言われた通りゴミ箱に、せっかく作ったサルティン・ボッカを泣く泣く捨てた。
「オラァ次ぃ! 料理が出来上がったペアはどんどん持ってこいっ!」
ルボナードの怒号が実習室を包む。
今のペアが審査を受けている間に料理が完成したペアが数組いるようだが、皆、完成したまま持っていこうとはしなかった。
しかしそれでも、手と足を震わせながら、一組、また一組とルボナードの元に審査を受けに行った。持っていかないと、あの男に何をされるか分からないと悟ったのだろう。
「マサト、ソース作りに入るわ。私達ももうすぐ盛り付けるわよ」
「え?」
気が付いたら、イオラは既に仕上げへと取り掛かり始めていた。今の一件の間に、もう肉とマッシュルームをソテーし終わったのだ。
茹でている付け合わせのじゃがいもも、そろそろ頃合いだろう。
俺は、グツグツと沸騰している湯の中から、じゃがいもを一つお玉ですくい、串で刺した。
「――よしっ! いい感じだ」
次にいんげんを数秒間、湯にくぐらせる。すると徐々に鮮やかな黄緑色へと変化していった。
ここが頃合いだろうと、俺はいんげんをすくい上げ、冷水へとさらした。
「イオラ! 付け合わせの野菜完成したよ!」
「了解。こっちのソースもちょうど完成よ。盛り付けの準備をしましょう!」
ジャストタイミングでイオラのソースも完成。俺達は急いでサルティン・ボッカの盛り付けに入った。
その間も俺達は耳にしてしまう。ルボナードの『捨てろ』という酷評の声を……。
最後にソースをかけ、サルティン・ボッカが完成した。後はこれを持って行って何を言われるか、だ。
完成した料理を持って俺とイオラは、ルボナードの評価を待つ列へと並ぶ。
列に並ぶものは皆、不安げな表情を浮かべていた。
「全くダメだな。捨てろ」
その、『捨てろ』という言葉を聞く度に、不安げな表情はさらに深くなっていくように見える。
「不味ぃ。捨てろ」
どんどん列が短くなる。
すると俺の横にゴミ箱がある事に気付く。俺はふと、その中を覗いてみた。
「なに……これ」
その中には、生徒達がせっかく作ったサルティン・ボッカが無残に、大量に廃棄されていた。
「捨てろ」
誰一人として、合格者が出ないまま、一組、また一組と、どんどん列が短くなる。
「捨てろ」
その度、ゴミ箱に次々と料理が廃棄されていく。
「捨てろ」
見ていられない。もう、我慢の限界だった。
俺は、ルボナードに対し叫ぼうとする。すると――。
「いい加減にしてっ!!」
「……イオラ?」
今までに見たこともない怒りの形相をしたイオラが、俺の真横で声をあげた。