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第六十二話 サルティン・ボッカ

 「よろしくな、クソガキ共」


 最悪の登場の仕方だ。

 ルボナードが挨拶をすると、生徒達の顔が一気に不安げな表情へと切り替わった。

 いったい誰がこの男が来ることを予想しただろうか。きっと誰も予想できなかったに違いない。生徒達の予想は、大きく外れてしまった。


 「んじゃあ授業を始めるーー」

 「待ってください、先生」

 「あぁ?」


 ルボナードを呼び止めたのは、俺の横にいるイオラだった。いったい何を言い出すのだろう、と俺は少しヒヤヒヤしながら見守る。


 「授業開始から五分も超過してしまっています。ならまず、遅刻したことを謝罪するべきではないでしょうか?」


 イオラはキリッとした表情で、遅刻したルボナードに謝罪を求め始める。それを聞いた俺含め生徒の皆は、思わず冷や汗をかいてしまう。

 同時に俺は、ここまでこの男に直球に物申せるイオラを心の中で称賛した。


 「なんだてめぇは? 今回の入学生にはこんなクソ生意気なガキもいたのかよ。良いじゃねぇか少し遅刻したくらいよぉ」

 「何ですって……? あなたそれでもオムニバスの一員ですか? ガッカリね」


 二人の雲行きが、更に悪くなる。近寄りたくない雰囲気すらも放っている。

 これ以上二人が言い争っていたら、確実にイオラが危ない。この男は以前体罰を行なっていた。だからいつルボナードがキレてイオラに手を出すか分からない。俺はすぐにイオラを止めに入った。


 「イオラ」

 「……すみません、何でもありません…」

 「フン」


 イオラも俺の意図を察してくれたようで助かった。ルボナードも大人しく引き下がったようだ。とりあえず嵐は過ぎ去ったとみえる。


 「()()()()が入ったが、これより俺の調理実習を始める」


 皮肉を言われてしまったイオラの表情が、さらにムッとなる。無事に調理実習を終えられるのか心配でならない……。


 「今からお前らには、二人一組で、俺が作る品と同じ品を作ってもらう。作る品は『サルティン・ボッカ』――。肉料理の基本中の基本だ」


 そう生徒達に説明すると、ルボナードは精霊を出し、調理の準備をし始めた。

 

 サルティン・ボッカ――。調理の本を読み漁っていた時に、そういう名前の肉料理を目にした記憶がある。確か、セージと呼ばれる細長い卵形のハーブを、豚ロース肉とハムで挟んで焼く肉料理だったはず。

 ちなみにセージには、リラックス効果や睡眠不足、さらには殺菌作用も含まれているため、薬にもなるらしい。


 準備が整った――。同時に生徒達はメモの準備をし始める。俺達はこれから、この男が作るサルティン・ボッカの手順を覚えなくてはならないのだ。

 

 「んじゃあ始める。言っとくが、俺に付いて来れねぇ奴は知らねぇからな――」


 そう言い捨てるとルボナードは、すぐさま調理に取り掛かり始めた。そしてその言葉の意味を俺達はすぐに知らされることになる。

 

 メモを取ろうとしていた者達が一気に固まった。

 ルボナードは、豚ロースの筋を目にも止まらない速さで的確に切り始める。そして気づいた時にはもう、二枚の豚ロースの筋切りが終わっていた。

 次は、肉をまんべんなく、かつ豪快に肉叩きで叩き伸ばし、塩コショウで味を付けている。実習室には肉を叩き伸ばす激しい音が轟く。しかしそれも一瞬の出来事だった。

 

 「ルボナード、十五秒くらいでいいかしら?」

 「あぁ」


 ロゼが謎の時間をルボナードに告げる。一体なんの時間なんだろうか……?

 

 叩き伸ばした豚ロースに今度は、セージ、そして生ハムの順に乗せ、小麦粉をまぶす。

 調理開始から一分経っただろうか? これで肉の下処理は終了したようだ。


 「時間よ」


 ロゼがそう告げると、ルボナードは黙って、熱されたフライパンにバターを投入し、下処理した豚ロース肉を焼き始めた。

 さっきの会話の意味がようやく理解できた。十五秒というのはフライパンを熱する時間の事だったようだ。

 無駄のない二人の素早い作業に、俺達生徒は口を開けて驚くほかなかった。認めたくはないが、今まで見てきたどの先生よりも作業が早い。ただ暴力を振るうだけの狂暴な教師ではないみたいだ。

 これで性格が良ければ言う事ないのだが……。

 

 「……!」

 「……!?」


 フライパンで肉を焼いているルボナードが、ギョッと俺を睨んできたので、俺は冷や汗を流しながら、すぐに視線をそらした。



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