表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/96

第六十話 一ヵ月経過

 正人が異世界に転移してきて、ちょうど一ヵ月が経った頃。フーディリア王国内、とある路地裏の小さなバーにて――。


 「ふんふんふ~ん」


 オレンジ色の淡い光がカウンターを照らす中、一人の中年マスターは、陽気に鼻歌を歌いながら、丁寧にグラスを拭いていた。すると、店の古びた木のドアが、軋み音を立てながら開いた。


 「おぉルボナードの旦那ぁ、いらっしゃい」

 

 ギシギシと床を踏みしめながら、ルボナードはカウンターの席についた。

 

 「(つえ)ぇ奴」

 「へいへい」

 

 マスターは背後にある、身長の二倍はあろう多種多様な酒の壁から一本を取り出し、グラスへと注いでルボナードに渡した。


 「はいよ旦那」

 「おう――」


 マスターがルボナードに手渡したのは、店にある酒の中でも特にアルコールが強い酒だった。それをルボナードは、なんの躊躇いもなく一気に飲み干した。


 「……まぁまぁだな」

 

 ルボナードは、飲み干したグラスをマスターへと差し出し、おかわりを要求する。


 「まぁまぁですかい……。それ、うちん中でも結構強い奴なんすけどねぇ」


 少しだけ敗北感を感じたマスターは、今度は多めに酒を注ぎ、ルボナードに渡した。そして一仕事終えたマスターは再びグラス拭きをし始める。


 「そいや旦那。もうそろそろ謹慎処分終わる頃じゃないですかい?」

 「あぁ、今日が最終日だ。ちっ、長かったぜ、全く……」

 「これに懲りたら、もうやらかさないことですぜ」

 「ふんっ」


 グラスに注がれた酒の水面を見つめるルボナードは、不満げな顔で酒を飲む。


 「やる気が()ぇ下手くそな奴は、痛い目に合わねぇと分かんねぇんだよ」

 「全くー、そんなんだから()()()()()()が付いちゃうんすよ?」

 「……知らねぇよ、好きに言わせとけ。んなことより、これよりもっと強ぇ奴くれ。あと適当なつまみ」

 「へいへいっと」


 これっぽっちも酔う気配が無いルボナードは、さらに強い酒を要求した。



************



 外が夜の闇に覆われ、生徒の皆がそれぞれの時間を過ごしている頃。正人は寮の調理室で一人、包丁を研いでいた。


 「…………」

 

 誰もいない調理室には、包丁を研ぐ音のみが響いている。俺は一言も発さず、ただ包丁を研ぐことだけに神経を集中させていた。

 

 「……よし! いい感じだ」


 まるで職人の様に、刃が立っているのを確かめた俺は、ローザさんの雑貨屋で購入して間もない包丁ケースの中にしまった。すると、コンコンと扉の方からノックが聞こえてきた。見てみると、ノックの正体はティラだった。


 「ティラ……?」


 ティラはにっこりと微笑んで、調理室の扉を開けた。


 「こんばんは、マサトさん!」

 

 今日の調理実習の先生はティラだった。だから、もしかしたら何かやらかしたのではないかと、一瞬心配する。


 「どうしたの? こんな夜に。まさか今日俺なんかやらかしちゃった……?」

 「いえいえ! そんなことないですよ! 今日の実習も良くできてましたよ! ただ少し面談をと思いまして」

 「面談?」


 とりあえずお茶でも飲みながら座って話そうと、俺達は調理台で向かい合うようにして、椅子に腰を下ろした。

 俺は、ティラが入れてくれたハーブティを一口飲む。懐かしい味だった。俺がこっちに来る前に、家のリビングで飲んだのと一緒だ。

 

 「ふふっ、気づきましたか?」

 「うん、あの時と同じハーブティだ。なんか少し懐かしい」


 感慨深い気持ちに浸りながら、俺はそのハーブティを飲み続けた。


 「マサトさんがこっちに来てから、今日で一ヵ月が経ちます。どうです? こっちの生活は慣れましたか?」

 「ん? そっか……もう一ヵ経つんだ。最初の頃は、この先どうなるんだろうって、不安ばっか感じてたけど……うん、ちょっとは慣れたかな」

 「そうですか……、それは良かった」


 俺は、最初に来た日から今日までを振り返る。今思うと濃い一ヵ月の様に感じる。逆に言えば、まだ一ヵ月しか経っていない。これから卒業まで一ヵ月どころではない月日を過ごすのだから。


 「学園生活はどうですか?」

 「初めて覚える事ばかりですごい楽しいよ。でも覚えることが沢山なのはちょっと苦痛だけどね……」

 「ふふっ、料理人に近道はありませんよ~?」


 俺は苦笑いを浮かべながら心の中で、ごもっとも、と呟いた。

 

 ここに連れてこられたのは、半ば強引な感じだったが、結果こっちに来れて良かったと思っている。あの時、もう本当に料理人の道に歩むのを諦めかけてた俺を、ティラが奮い立たせてくれなかったら、きっとこんな経験はできなかった。


 「ありがとう、ティラ」

 「え……?」

 「俺をこっちに連れて来てくれて。じゃなきゃ俺は今頃、きっと笑ってなかった」

 「マサトさん……」


 ティラの瞳がうるっと輝いた。涙腺を刺激してしまったようだ。


 「……それなら良かった……です。――おっと、もうこんな時間ですか。確か明日も調理実習でしたよね? ゆっくり休んでください」


 そう言いながら、ティラはハーブティをなおした。


 「うん、ありがと」

 「それでは、おやすみなさい!」


 調理室から出ていくティラに、おやすみと一言告げ、手を振った。


 「さて――、俺も部屋に戻ろ」


 包丁ケースと砥石を手に取り、俺は最後に忘れ物が無いか確認してから調理室を出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ