第五話 王都
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異世界の料理学園へと向かうべく、ティラの作った扉をくぐってから数分が経過した。
「ところでティラ。さっきからずっとのんびりとお茶を嗜んでるわけだけど……これ本当に異世界に着くの?」
何も無い白い空間で、ティラお手製のクッキーとハーブティを頂きながら、俺は不安を抱えていた。
赤・白・黄色と、カラフルな色ペンとトッピングでデコレーションされたこのクッキー――。
ティラ曰く、『アイシングクッキー』と言うものらしい。
彩り豊かだが、なんと着色料は使用しておらず、イチゴ、カリフラワー、かぼちゃなど、いろんな野菜から色を抽出して色付けしているらしい。
もちろん味は言うまでもなく格別。ハーブティーとよくマッチしている。
「心配せずとも、ちゃんと着きますから安心してください」
「もし着かなかったら?」
「……………………大丈夫ですよ?」
「今の間なに? ねぇ?」
不安が次第に募る。
もしかしたら何らかの事故がおき、別世界へと飛ばされてしまうかも。
もしかしたらティラとはぐれ、見つかることなく、一生この何もない空間で生きることになるかも。
被害妄想が次々に頭に浮かんでいく。
あえて口には出さないでおこう、本当にそうなっちゃっいそうだ。
不安を飛ばすため、無理やり別の事を考える事にする。
「そ、そういえば向こうの世界ってどんな人が住んでるの? やっぱり喋る猫とかトカゲ人間とかいるの?」
ティラはカップを置いて話し始めた。
「多種多様な種族の者が存在しています。我々のような普通の人間ももちろんいますし、長身で尖った耳が特徴のエルフに、立派でたくましい角が生えているオグル。ほかにもゴブリンや猫人・犬人——思い出したらきりがないくらいいます」
「へぇー、本当にファンタジーの世界みたいだ」
想像もつかない未知の世界にこれから行くと思うと、胸が高鳴ってきた。
「もうそろそろですかね……眩しいので目を瞑ってたほうがいいですよ!」
「え……わっ――!」
その瞬間、視界が一気に眩しい光によって遮られた。
思わず目を瞑るが、瞼越しでも眩しいのがはっきり分かる。
「もう目を開けていいですよ、マサトさん!」
俺は言う通り、ゆっくりと目を開けた。
「やっと見えて……ん、あれは――」
さっきの影響で少し視界がぼやけるが、少しずつはっきりしてきた。
「……え、城?」
ここから数キロほど離れた場所。家々が連なる山の頂に、巨大な城が我が物顔でそびえ立っている。
遠目でも巨大と分かる西洋風の城だ。
天を貫く勢いで伸びる円錐形の屋根が特徴的で、それが何本か建っているように見える。
そして城の周囲には、どんな侵略者も寄せ付けないような鉄壁の如し白い城壁が張り巡らされているようだ。
「初めて見た……でもさすがにあれはちょっとデカすぎじゃ……」
洋画やアニメでも見たことが無いほど大きな城。
いったい何十年――いや、何百年かければ作れるのだろう……。もしかしてあれが――。
「ふぅ。無事に着いて良かったですね~」
「ねぇ、ティラ。まさかとは思うけど、ひょっとしてあれがティラの言ってた料理学園? いったいどんな貴族生徒が……」
俺はドン引きしながらティラに聞いた。
「へ? あぁあれはさすがに違います。あれはこの国の王城なんですよ。目的地は反対側です」
そう言われ後ろを振り返ってみると、ここからそう遠く離れてない場所に、これまた大きな白い建物が建っているのが見えた。その形を漢字で例えるならば『山』だ。
「……あの城ほどデカくはないけど、あれも結構な大きさだね……もう学校ってレベルじゃない……」
「確かに、正人さんのいた世界の学校と比べると遥かに大きいかもしれませんね。でもあの学園はこの世界において特別な存在なんです」
「特別?」
不思議そうに俺はティラに聞いた。
「えぇ。実は我がガストルメ料理学園は、この世界でただ一つしかない唯一の料理学園なんです」
「えっ、ただ一つ? じゃああそこでしか料理を学べないんだ……」
「極端な話、そういうことになりますね。独学や他人から教えてもらうなど方法は無くもないですが、特にプロを目指す者ならば、あそこほど打ってつけの場所はないでしょう」
『プロを目指す者ならば』。その言葉を聞いて、また胸が高鳴りだした。
俺は静かに拳を握った。
「わっ、といけない忘れてた……。ようこそ桐宮正人さん、この世界へ! さ! この国の事については学園に向かいながらボチボチ説明しますので、とりあえず進みましょう!」
「――うん!」
期待に胸を膨らませて、俺は未知の世界へと足を進めた。
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空気は元居た世界より新鮮で美味い。
車も無ければ、ビル、マンションの類も無い。
家は主に頑丈そうな石造り。おしゃれでレトロチックな街灯が道の両端に点々と連なっていて、どこか落ち着く雰囲気が漂っている。
そして行き交う街の住人の中には、ティラの言っていたように色んな種類の人がいた。
長く尖った耳を持つ者に、鳥やトカゲなど獣の顔をしている者、さらに宙に浮かんでいる丸っこい愛らしい姿の生物までいる。何だろうあれ可愛い。
「すごい……! 本当に異世界なんだここ」
それといたるところで市場を出店しているようだ。これが路上市場というやつなのだろうか。
路上の真ん中に立ち並ぶ市場には、宝石を売っている店、小動物を売っている店、そして果物や野菜、肉、魚など様々な食材が売っている店が多く出店している。
食材に関しては不思議な事に、元居た世界のスーパーなどで売られていた物と全く一緒のようだった。
「すごい栄えよう! さすがは『王都』」
「ふふーん、凄いでしょう?」
先ほど道すがらティラに、この国の事を大まかに説明してもらった。
この国の名前は――『王都フーディリア』。
この世界に来て最初に目に飛び込んだあの城の中に、現在この国を統治している、女王『フーディリア』が住んでいる。
もともとは女王の夫が王様として務めていたのだが、ある日突然病で亡くなり、今の女王に急遽なったらしい。
だが、だからと言って国の治安が綻びる事は無く、依然として平和を保ち続けているという。
それは、この賑わいようを見たら垣間見える。
王様が亡くなってから一人でずっとこの国を支え続けているフーディリア女王に、皆感謝しながら日々を過ごしているのだ。
こんなに平和な国なんだ。きっと泥棒とかいないんだろうな。
「あ、そうだ正人さん! のど渇きませんか? なにか飲みますか?」
「そういえばずっと歩きっぱなしだから少し乾いたかも」
「分かりました!」
ハーブティーを飲むのかと思いきや、なぜかティラは、色んな果物が売ってある市場に立ち寄った。
「あれ、ハーブティーじゃないんだ? それにここ果物屋じゃ……?」
「ふっふっふ~、さすがにずっと同じ飲み物ばかりでは面白みがないので、今回はちょおっとおもしろいものを……。ウェアウルフのお兄さーん! ミックスジュースを二つお願いします!」
ティラが大声でそう言うと、店の奥で作業をしていたオオカミ男の店主がこちらに気付いた。
「あいよぅ――って、おぉティラ嬢じゃねぇか! なんだよ今日は仕事はお休みかい?」
「残念ながら一応仕事中なんですよ~。休みたいのはやまやまなんですけどね」
「ガッハハハッ! そりゃぁ大変だなぁ! んで今日は何のフルーツにするんだ?」
「そうですねぇ、ではイチゴとメロン。後は~……ブドウで!」
ティラは店頭に山のように積まれた果物を三つ指さした。
「いやぁさすがはティラ嬢、いい目してやがるなホント! 今旬だからかなり美味いぞ~? ちょっと待ってな!」
豪快な声で喋る陽気な店主は、ティラが選んだフルーツを取り、木製のまな板に置いて一口大に切り始めた。
そして切り終えた果物を二個のグラスへと投入した。
「よしっと!」
よし!?
もしかしてこれで完成?
しかしこれだと、ただのおしゃれなフルーツ盛り合わせだ。全然ジュースじゃない。
もしやこれがこの世界のジュース?
この世界では固形が飲み物とでもいうのだろうか。
「ねぇこれって全然ジュースに見えな――」
その時、店主がなにやらグラスに右手を差し伸べ始めた。
「――頼むぜ」
店主がそう呟くと、翡翠色をした光の玉が、どこからともなく周りをひらひらと乱舞するように現れた。
「わっなんか出てきた!」
蛍でも火の玉でもない光の玉は二つに分裂した。
そして二つのグラスの周囲を目にも留まらぬ速さで回り始めた
それに合わせて、中に入ってた果物も高速で回転し始める。
とにかく不思議な力が働いてるのは分かった。
けど、このままじゃ中身が飛び出てしまう!
「え、大丈夫これ!? 飛び散っちゃわない!?」
「まぁまぁ、見ていてください」
「そうは言っても……あれ?」
よく見たら周りには水滴一つ飛び散ってはいない。
再びグラスの中に目をやると、一口大に切られた果物が高速で回転する度、小さくなっていっているのが分かった。
まるでミキサーでやっているかのようだ。
あんなに攪拌してるのに、全くはみ出していない。
ありえない光景を目の当たりにしている。
というか、この世界に来たという事自体あり得ない事なのだが。
グラスの中身は完全に液体へと姿を変え、あっという間にミックスジュースが完成した。
店主は最後に輪切のレモンをグラスの縁に飾り、ストローを挿して俺達に提供した。
「あいよっ! お待ちどう!」
「ありがとうございます。やっぱりいつ見ても美味しそうなミックスジュースですね!」
「ったりめぇよぅ! うちのジュースは天下一品だからな! ガッハハハッ!」
店主は鼻の下を擦りながら大声で笑った。
「どうぞ、正人さん!」
「あ、ありがとう」
俺は不思議な技法で作られたミックスジュースを受け取った。
「い……いただきます」
ごくりと一口飲む。
「どうです?」
「……んまっ!! まるで果物をそのまま食べてるみたいだ!」
爽やかで、甘くて、なんかもう……とりあえず美味い。
どこぞのグルメリポーター風に言うと、果物の宝石箱と言ったところだろうか。
人間きっと、本当に美味しい物を食べたときは「美味い」というワードしか出てこないんだろう……。
「ヘッヘ。気に入ったかい、兄ちゃん?」
「はい。三つの果物が全然喧嘩してないっていうか、逆にそれぞれが味を引き立ててるというか……とにかくかなり美味いです!」
「ガッハハッ、そうだろ、そうだろ~? 兄ちゃん良く分かってるじゃねぇの!」
下手したらミキサーで作ったのより美味しい。
さっきの光の玉で作ったからこその美味しさだと思うが、いったいあれはなんだったのだろうか。
「さて、そろそろ参りましょう。ワーウルフのお兄さん、また来ますね!」
「おぅ! ティラ嬢も仕事がんばれよ!」
店主に別れを告げ、再び俺とティラは学園に向けて歩き始めた。