第五十八話 甘美なデザート
「どれどれ~、あ~ん――」
最初のペアを訪れたプッタ先生は、作った料理を一品ずつ口に運んだ。
「ふむふむ……なるほど……」
プッタ先生は一口ずつ食べ終えると、顎に手を当てて、悩み始めた。おそらく点数を考えているのだろう。
そこのペアは、そんなプッタ先生の様子を見て、祈るように目を瞑っている。
「六十点です!」
まぁまぁな点数を言い渡されたそのペアは、自分達が作った料理に自信があったのか、悔しそうな表情を浮かべている。
俺達から見ても、そのペアが作った料理は結構高得点に見えたのだが、やはりプロの目は違う。
それから他のペアの採点をするが、五十点や六十点といった似たような点数ばかりだった。
そしてついに、俺達の番がやってきた。
「それでは最後のペア~」
先生が俺達の元にやってきた。隣にいるフィナンはどこか落ち着きがない様子だ。今までのペアの採点を見てたから無理もない。
「どれどれ~、……これは――」
プッタ先生は、俺達が作った三品の料理を見て、まるで不思議な物を見るような目で観察している。
「この、エビや貝などが乗った色とりどりの米料理は……『パエリャ』ですね?」
「うん――じゃなかった、はい!」
「これは期待できそうです! それでは――」
若干いつものノリが入ってしまったフィナンは、元気よく答えると、プッタ先生はパエリヤをスプーンですくい、一口食べた。
少しだけ呼び方が違うが、元居た世界にも存在した米料理、パエリヤ。米と共に、野菜、魚介類、肉などを炊き込んで作る料理。
この特有の匂いと黄金の米の色は、赤い極細の香辛料『サフラン』によって付くもの。元居た世界では、超高級食材として流通していたというが、この世界では、フィナン曰く、どこでも生えているから全然高くないらしい。
「ん~! 美味しいです~! 色どりも綺麗ですし、魚介の香りもとても香ばしいです! コメの炊き具合も丁度いいですね!」
「えへへ~ありがとうございます!」
「さて、次にこちらの料理ですが――」
先生は、俺が揚げた料理をまじまじと見つめている。この様子だと、どうやらこれもこの世界には存在しないらしい。
「初めて見る料理ですね……いったい何という料理ですか?」
「これは、『コロッケ』って言うんです」
「ころっ……け?」
初めて聞く料理の名前に首を傾げるプッタ先生は、ナイフとフォークで器用に一口大に切り、観察を始めた。
「はい。ホクホクに蒸したジャガイモをマッシャーで潰し、炒めた挽き肉とみじん切りにした玉ねぎを混ぜ合わせ、丸い形を作り、卵、小麦粉、パン粉の衣で揚げた料理です」
「なるほど……この横に添えられてる小鉢に入ってるのは、ソースですか?」
「はい、かけて食べるとさらに美味しくなりますよ」
俺がそう言うと、プッタ先生はすかさずソースを手に取り、コロッケに少量垂らし、口へと運んだ。その瞬間、サクっという音が、しっかり辺りに響き渡った。
「……まぁ! 美味しい! 外はカリカリ、中はフワフワジューシー! 確かに、ソースと相性抜群ですね! 思わずパンが欲しくなっちゃいます~!
どうやらお気に召したようだ。プッタ先生は、二口、三口と、続けて口に運んでくれた。
フィナンが、止まることなくコロッケを食べるプッタ先生を見て、よだれを垂らしながら不安な表情を浮かべている。たぶん、自分の分まで食べられてしまうんじゃないかと心配しているんだろう。
「――はっ! いけない! 全部食べちゃうところでした!」
我に返ったプッタ先生は、ようやく食べる手を止めた。
「それでは三品目ですが……これも見たことがありませんね……。生クリームとイチゴが乗っているところを見ると、デザートの様ですが……」
「これはパフェ――『イチゴパフェ』です」
「いちごぱふぇ……」
三品目はデザート。いくつもの層に分かれたイチゴパフェ。元居た世界の喫茶店でよく頼んでいたものを、見様見真似で作ってみたが上手くできた。
一層目はイチゴジャム。二層目は砕いたクッキー。三層目はイチゴの生クリーム。四層目はパイナップルとイチゴの角切り。そして五層目に薄く生クリーム。そして一番上に大きめに砕いたクッキーと、放射状に飾ったイチゴが盛ってあり、その真ん中に、カラフルなカラースプレーチョコが散りばめられた、高くそびえる生クリーム。イチゴと生クリームが大好きな人にはたまらない至高のデザートだ。
「どうぞ――」
俺は先生に細長い銀のスプーンを手渡した。
「こんな綺麗なデザート初めて見ます……。それでは……いただきます――」
先生はイチゴと生クリームを一緒にすくい、口の中に入れた――。
「…………」
スプーンを手に持ったまま動かない。口に入れた途端、時間が止まったかのようにピタリと止まってしまった。
「スーーッ……」
と思ったら、今度はスーッと大きく息を吸い始めた。
次の瞬間、プッタ先生は凄まじいスピードでイチゴパフェを食し始めた。
「――! ――!」
「…………」
一切止まることがない、その様子を、俺とフィナンは愕然としながら見守った。
そして二分も経たないうちに、イチゴパフェはペロリと平らげられた。
「ふぅ~! ごちそうさまでした~!」
「お、おそまつさま……でした……」
「あ! フィナンさん? もう一度パエリャ食べてもいいですか? 甘い物食べたので、次はしょっぱい物が食べたくなりました~」
「え? ど、どうぞ……」
プッタ先生は口の中に残った甘さを相殺するため、もう一度、フィナンの作ったパエリヤを食べ始めた。
「う~ん! 絶妙な塩加減が良い感じにイチゴパフェの甘さを相殺してくれます~」
パエリヤを四分の一ほど食べたところで、ようやくプッタ先生は手を止めた。
「はい、それでは、採点で~す――」
ようやく待ちに待った採点だ。俺とフィナンは唇を噛みしめた。果たして――。
「フィナンさん、マサトさんペア――。精霊の力が制限されていたにも関わらず、よくここまでの料理を作れましたね。とても、とっても美味しかったです。よって――九十六点あげちゃいます!」
「――!? マサトぉ……!!」
フィナンが涙目で俺の方を向いて来た。
「あぁ、やったね! お疲れ様、フィナン!」
俺達はハイタッチをして、お互いを労った。