第五十七話 調理終了
「間に合うって……本当かい? 精霊の力は火しか借りれないんだよ?」
フィナンや周りの生徒達が困るのも無理はない。
この世界の人間は精霊と共に力を合わせて生きている。難しい作業も精霊の力を借りれば一瞬で出来てしまう。
だがこの授業ではその力が制限されてしまっている。ゆえに、これまで精霊に頼ってばかりだった者は、何をすればいいのか分からなくなってしまう。それが今の状況だ。
しかし俺には自信があった。
なぜなら俺は、もともと精霊とは契約していない異世界から来た人間だからだ。
元居た世界で母さんから習った調理の知識を持っている俺なら、精霊の力を制限されても、ある程度こなすことができるはずだ。
「三時間で三品作ればいいんでしょ? いけるよ」
不安そうだったフィナンの表情が、徐々に明るさを取り戻していく。
「……分かった、マサトを信じてみる!」
「よしっ! それじゃあメニューを考えよう!」
気合が入ったところで、俺達はメニュー決めに取り掛かった。
生徒達の大半はもうすでに調理に取り掛かっている。だがやはり、いまだにメニューが考えられない者もいるようだ。
そしてプッタ先生はというと、教卓でニコニコしながら皆の様子を見守っている。さっきの冷たい雰囲気が嘘のように感じる……。教室に突進して入ってきたときもそうだったが、色んな意味で恐ろしい先生だ。
同時に俺の中に新たな教訓が生まれた。この先生だけは怒らせたらヤバい、と。きっと五体満足ではすまないだろう……。
二人の意見を出し合うこと約五分――。ついに三品のメニューを決めることができた。
「――よし、決まった! ちょっと難しい作業になるかもだけど、いけそう?」
「うん、任せて! たぶん行ける! それじゃあ僕、材料取ってくるねっ!」
そう言ってフィナンは食品庫に走っていった。
フィナンの腕だったら、きっと俺が教えた作業をこなしてくれるはず。それは昨日の夜、この目で見て分かった。
俺が調味料やら調理器具やらを準備している間に、フィナンが食品庫から大量の食材を持って戻ってきた。
「よいしょっ――」
食材を調理台に下した途端、ジャガイモがゴロゴロと調理台の上を転がり始めた。
「おっとっと! 危ない危ない。材料はこれで全部だよね?」
「うん、ありがと!」
今回使用する主な食材は、米、貝やエビなどの魚介類。そして挽き肉、ジャガイモ、イチゴだ。
「それじゃあ調理開始!」
「おーっ!」
それから俺達は黙々と作業に取り掛かった。
作業を行っている途中、突然プッタ先生が口を開いた。
「――後ろのお二人、隠しても無駄ですよ?」
「うっ……!」
十中八九、プッタ先生の目を盗んで、精霊に火以外を使わせようとしたのだろう。だがかなり離れているのに、良く気づいたものだ。
「そして貴方達と貴方達もですよ。減点です――。ちゃんと見てますからね?」
ずるをしてまでやり遂げようとする輩がどんどん出てきた。この先生の目を盗めるわけがないというのに……。
――作業開始から二時間経とうとしている頃、俺はオーブンの中を覗いていた。
「……そろそろ良い感じかな――」
オーブンのドアを開き、中に入ってた、こんがり焼けたサクサクのクッキー生地を取り出す。
そして粗熱を取った後、俺は伸ばし棒に手を伸ばし、クッキー生地を砕き始める。
「ねぇ……、あの人せっかく作ったものに何してるの……?」
「さぁ? もうこのテスト諦めたんじゃない?」
周りの人の目には、やけくそになった変な生徒の様に見えるかもしれないが、これもちゃんとした調理工程の一つなのだ。
「フィナーン、オーブン空いたよー」
「おっけ~」
オーブンが空いたことを知らせると、フィナンは下準備していた自分の料理に蓋をして、中に入れ始めた。
クッキー生地があらかた砕き終わると、次に俺は鍋に入った油にパン粉を少量つまみ入れ、温度を確かめた。
つまみ入れたパン粉は、ふつふつと泡を吹き出しながら、鍋底へとゆっくり沈んでいった。
「――もうちょいかな」
油の中に入れたパン粉がパチパチと音が立つくらいになれば適温だ。
「それにしてもこんな形の料理、僕初めて見るよ~」
フィナンは、俺がこれから揚げる予定の物を不思議そうに見つめている。
「すごく美味しいよ。後で味見してみる?」
「するするっ!!」
これはきっとフィナン好みの味だろう。というか嫌いな人はまずいないんじゃないだろうか。
――調理開始から二時間半。俺達は仕上げに掛かり始めていた。
俺は揚げ物をしながら、下のオーブンで焼いているフィナンの料理を確認する。
「……フィナン! もうそろそろオーブンから出してもいいかも!」
「よーっし!」
両手にミトンをはめ込んているフィナンは、そっとオーブンを開けた――。すると、一気に魚介と、おこげの香ばしいが飛び出してきた。
「ふわぁいい匂い~!」
「焼き加減は?」
「……うん! 完璧!」
フィナンの料理が完成すると同時に、揚げ物も揚がった。綺麗なキツネ色で揚げ具合ばっちりだ。
これで二品が完成した。残るは一品、デザートのみ。
他の調理台を見てみるが、既に終わって後片付けを始めているペアは、ほんの数組。それ以外はまだ必死に調理を続けている。
――制限時間残り五分。ようやく三品目が完成した。
「……よし! 完成!」
そして正午――。ついに三時間が経過した。
「は~い、時間で~す! 調理を止めてくださ~い」
プッタ先生のストップが掛かる。皆は一斉に作業をストップした。同時に、制限時間内に三品完成しきれなかったペアが次々に落胆していく。最終的に三品完成できた生徒は、俺とフィナンのペアを含めて、たった五組だ。
「それではこれより、作った料理を一組ずつ、私が見て回りま~す。それと制限時間内に終わらなかった生徒は、残念ながら赤点です。なお補修はちゃ~んとありますので安心してくださいね~、うふふ」
プッタ先生は教卓を離れ、一組ずつ採点に入る。俺達は、自分達の番が来るまで恐る恐る待機した。