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第五十四話 異世界初の授業へ

 授業開始当日の朝――。ついにこの日がやってきた。

 俺は共に起きたロアに、いつものように朝の挨拶をする。


 「おはようロア」


 ロアはムクっと立ち上がり、大きなあくびを俺に見せた。

 

 ベッドから降り、部屋の空気を入れ替えようと、窓を開けた。

 部屋の中に朝の新鮮な空気がふわりと入ってくる。

 今日の天気も晴れ。街の方も活気があり、市場も平常運転みたいだ。

 俺はこの前市場で購入したジョウロで早速、朝の日課であるハーブの水やりに取り掛かった。

 

 まだ芽がこれっぽっちも生えてこないハーブの水を注ぐ。ちょろちょろと先っぽから出る水を、ロアは大人しくじっと見つめている。

 そこでふと昨日のオリエンテーションを思い出した。

 

 「あ、そういえばアンケート用紙!」

 

 オリエンテーションでも説明があった、選択科目のアンケート用紙。それが今日の朝に配られるのだ。

 

 水やりを終え、ドアの方まで確認しに行く。するとドアの下に三枚の紙が顔を出していた。

 拾い上げ見てみると、一枚はいつもの新聞。そして残り二枚が今日の時間割と例のアンケート用紙だった。


 新聞とアンケート用紙はとりあえず置いておくとして、今気になるのは時間割だった。

 俺はその場で今日の時間割を確認した。


 キリミヤマサト様

 一時限目~四時限目、『調理実習』。九時~十三時。本館二階、第六調理室。

 ……以上。


 「え、今日これだけ……?」

 

 今日ある授業は、調理実習のみ。

 割と大きめの紙のど真ん中には、たった一科目しか書かれていなかった。

 最初の授業が調理実習なのは嬉しいが、少し拍子抜けだ。

 

 授業開始は九時から。今の時刻は七時過ぎだから割と余裕はある。

 アンケートを書いて、朝ご飯でも食べに行くとしよう。

 

 俺は机でアンケート用紙を書き始めた。

 数学、歴史学、化学、工芸学、精霊学、と五つの選択科目から二つの科目を選ぶ。

 とりあえず苦手な科目は避けたい……。だから数学と化学は選ばないようにしよう。

 

 となると残るは、歴史学、工芸学、そして謎の精霊学だ。

 歴史学はきっとこの世界の歴史についてだ。俺が知ってる日本の歴史なんて、これっぽっちも役に立たないはずだ。

 だからこの世界に転移してきた俺にとっては、貴重で重要な科目になるのではないだろうか……。

 

 「じゃあ一つ目は歴史学……っと!」


 俺は歴史学に丸印を付けた。

 

 あと一つはどっちがいいだろうか……。

 工芸学はきっと物作り……。精霊学は精霊に関することを勉強……?

 どっちも学んでみたい気もするが、俺は最初にオリエンテーションの話を聞いた時からずっと、この精霊学というものが気になっていた。

 それ以外の科目というのは、元居た世界でもあった科目ばかりだが、この精霊学に関して、この世界でのみ存在する唯一無二の科目。学んでおいて損はないのではないか。


 「……よし決めた!」


 残り一つの選択科目は精霊学を学ぶことに決めた。


 「これでよしっと」


 アンケート用紙を書き終え、俺は食堂に行く身支度をし始めた。朝ご飯を食べ、一度部屋に戻ってから授業に向かう事にしよう。

 

 「準備完了! 行こうかロア」


 ロアは小さく一吠えして俺の中へと消えていった。


 身支度を終え部屋から出ようとドアを開ける。するとそこには、ノックをする構えをしたイオラが立っていた。


 「わ! びっくりした! おはようマサト」

 「おはよう、俺もびっくりしたよ!」


 朝ご飯を誘いに来たイオラは、これから俺を誘うところだったみたいだ。だがフィナンの姿が見当たらない。


 「フィナンは? まさか……?」

 「いいえ、違うわ。今選択科目のアンケート用紙を書いてるらしいの。そろそろ出てくるころだけど――」


 すると隣の部屋のドアが開いた。


 「おはよ~、お待たせ~」

 「おはよう、フィナン」

 「揃ったわね。それじゃあ行きましょうか」


 フィナンが揃ったところで、俺達は食堂へと出発し始めた。

 

 エレベーターで一階に下降している最中、フィナンが俺達にさっきのアンケートについて聞いてきた。


 「ねぇ! 二人はどの科目に決めたんだい?」

 「秘密よ」

 「俺も秘密」

 

 フィナンは「え~別にいいじゃ~ん」と苦そうな表情をして言った。

 

 「じゃあ僕も言わないもんね~!」


 腕組みをしてプイっとそっぽを向いてしまった。

 伝えてもいいのだが、少し面白みに欠けるため黙ったままにしておこう。


 一階に到着し、食堂へと向かう。

 廊下の雰囲気が今までと少しだけ違う。授業開始日で人がいつもより多いからだ。

 売店には生徒たちが並んでおり列ができてしまっている。

 その光景を横目で見ながら、俺達は食堂へと入り込んだ。


 「うわ、人多い!」

 

 食堂内は大勢の生徒達で混雑していた。授業が開始するからそれなりに多いとは思っていたが、ここまで多いとは予想外だ。俺達がいつも座っているお気に入りの場所も、他の人に取られてしまっている。


 「と、とりあえず並びましょうか」


 キッチンの方へと向かうと、やはりそこにも結構な列ができていた。キッチン内の人も相当忙しそうだ。

 だがとりあえずは並ばない事には始まらないため、仕方なくその列に並ぶことにした。


 五分ほど経過し、ようやく注文できる位置まで来れた。

 俺はいつものようにムエットを頼もうとした。


 「すいませーん! ムエットのセットお願いしまーす!」

 「あー悪いね。もう売り切れたよ」


 俺の中で何かピシッと音が聴こえた気がした。

 ムエットが売り切れ……? 俺の大好物であるムエットが……?

 

 「何にするんだ? 早く決めてくれ」

 「……えっと……じゃあ……サンドイッチのセットで……」


 俺はショックを受けた表情で、最初に目についた、サンドイッチと日替わりスープのセットを注文した。

 ここの食堂に通ってから初めてムエット以外のメニューを頼む。人が多い影響がムエットにまで浸食しているとは思ってもみなかった……。


 注文したサンドイッチとスープのセットを持って、二人と共にどこで食べようか場所を探す。だが、どの席も既に座っており、空いている席がなかなか見つからない。


 「あ! ほらあの隅っこ!」


 フィナンが指差した方向を見ると、食堂の角に一席だけ開いている場所が見つかった。外の見晴らしがあまり良くない場所ではあるが、この際文句は言ってられない。授業の時間も迫っている。


 「あらマサト、今日はムエットじゃないの?」

 「う、うん……売り切れてて……」

 「そ、そう……」


 席に着き、俺達は早速朝食を食べ始めた。隅っこで食べるというのは、なんだか少し恥ずかしい気分だ……。

 

 ここのサンドイッチを初めて口にする。

 シャキシャキのレタスとハムの辛子マヨネーズ入りサンドイッチ、フワフワ卵のサンドイッチ、そしてイチゴとホイップクリームの全三種類のサンドイッチだ。

 美味い、これも美味いのだが、やはりムエットが良かった……。大袈裟に聞こえるかもしれないが、アレを食べないと俺の朝は始まらない。今度は少し早めに食堂に来ることにしよう。


 「ごちそうさまでした~」


 少々の談笑を挟みながら、俺達は朝食を食べ終えた。

 時刻はもうすぐ八時になろうとしている。そろそろ部屋に戻って準備をしなければならない。


 「そろそろ戻ろうか。授業の準備しなくちゃ」

 「そうね」

 

 席を立ち上がり、食器を返却口へと持っていく。

 

 「そういえばマサト、最初の授業はなんだい?」


 返却口へと向かう途中、フィナンが俺に聞いてきた。


 「調理実習だよ」

 「マサトも? 僕と一緒だ! 場所は?」

 

 自分の食器を返却し、フィナンに場所を告げる。


 「確か、第六調理室? だったかな」

 「うそー!? 僕もだよ! 良かった~仲間がいて!」


 フィナンは胸をなでおろし、ホットした表情を浮かべている。それとは逆にイオラは、どこかどんよりしている様子だった。


 「私……今日、調理理論と栄養学が二時間ずつなの……」

 「ど、どんまい……」

 

 きっとイオラも調理実習をしたかったんだろう。


 「僕達と一緒じゃないからって落ち込まないでよ~?」

 「そ、そんなんじゃないわよ!」


 顔を赤らめて怒るイオラと、それを楽しそうにからかっているフィナンと共に食堂を後にし、部屋へと向かった。

 

 部屋に帰還し、俺は授業に向かう準備を始めた。

 書くものとアンケート用紙、そして包丁。


 「ガウッ!」


 準備をしている最中、後ろからロアの声が聞こえ、振り返ると、そこには昨日のオリエンテーションで貰ったコックコートを加えたロアの姿が。

 

 「……ありがとうロア。今日は頑張ろう」


 危うく忘れるところだった。俺は準備してくれたロアの頭を優しく撫で、コックコートを受け取り、すぐさまそれに着替えた。


 「どうかなロア?」

 

 着替え終わった姿をロアに確認してもらうと、ロアは一吠えして返事をしてくれた。似合ってると言ってくれてるのだろうか。


 「お~いマサト~! まだ~?」


 ドアの向こうからフィナンの急かす声が聞こえてきた。


 「今行くー! ――じゃあ行こうかロア」

 「ガウッ!」


 ロアは元気よく吠え、俺の中に再び戻っていった。

 俺は準備物を片手に持ち、ドアを開けた。


 「遅いよー!」

 

 部屋の前にはコックコート姿のフィナンが立っていた。

 昨日の夜はエプロンを着用していたが、こうやって見ると本当にシェフみたいだ。こうも印象が変わるとは……。


 「行こっ! マサト!」

 

 眩しい笑顔を見せるフィナンに誘われ、俺は異世界料理学園初の授業へと向かい始めた。



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