第五十三話 二人の料理
「セルフィ! 魚の解凍お願い!」
「ミンティ! お湯を沸かしてちょうだい!」
イオラとフィナンはそれぞれの精霊に指示を出しながら、てきぱきと作業をこなしていく。
フィナンが食品庫から持ってきた主な材料は、パスタ、ベーコン、サーモン、粉チーズ、玉ねぎ、卵その他もろもろ。
パスタを持ってきたという事はメインはパスタ料理ってことになる。けれど持ってきた材料を見るに、どんなパスタ料理ができるのかいまいち予想ができない。サーモンは何に使うのだろう……?
何を作るのか考察するのも、客の醍醐味というものだ。こうやって料理を待つというのも苦じゃなくなる。
二人の調理する姿を見るのは今回で二度目だ。一度目はこの前、噴水広場で先生達と共に子供たちに料理を振舞った時。しかしあの時は、先生たちの高度な調理技術に見惚れてしまって、二人の姿を良く見れなかった。
そして今間近で見てようやく実感した。
フィナンが解凍させたサーモンを、軽やかな包丁さばきで薄く、一口サイズに切り分けていき、イオラがボウルに加えた生クリームと卵とチーズを、泡立て器で目にもとまらぬ速さで掻き混ぜる。
上手い。とても入学生とは思えないくらい慣れた手つきで作業を進めている。遠い国から遥々この学園に入学したかっただけのことはある。
同年代にここまで調理が上手い人がいるとは思ってもみなかった。きっとこの二人だけじゃない。この料理学園を目指して入学してきた生徒ほとんどが、このレベルだと思っていた方が良いだろう。
悔しい、とは思わなかった。むしろやる気がみなぎってきた。今すぐに俺も調理がしたい、そんな感情でいっぱいだった。
イオラが、グツグツと沸騰したお湯の中に、ぎゅっと絞るように握ったパスタを綺麗に鍋に投入した。
「ミンティ! タイマー七分お願いね!」
指示を出されたミンティは黙ったまま行動に移した。するとパスタを投入した鍋の上に、黄色く光るタイマーが出現した。
俺は心の中で、精霊であんな事もできるのかと感心した。見ている方もとても勉強になる。
七分茹でる間にイオラは次の作業に移った。
三センチほどの長さに切ったベーコンを、オリーブオイルをひいたフライパンで、カリカリになるまで炒めている。
炒め終わると、焼いたベーコンをフライパンに残った脂ごと、チーズと卵等を混ぜ合わせた黄金色の液体が入っているボウルへと移した。
調理室には、ベーコンの香ばしい香りと、チーズと卵の濃厚な香りが漂っている。
その匂いを間近で堪能しているフィナンは、とろけきった表情で尻尾をゆらゆらと降っている。
「あぁ~この匂い、この匂いだよ~! もうさいっこう!」
一方フィナンはというと、薄くスライスした玉ねぎとレモン、そして先ほど切ったサーモンをバットに移し、なにやら透明の液体をひたひたになるまで注いでいる。
「僕たちも進むよ! ――セルフィ!」
フィナンが肩に止まっているセルフィに指示を出すと、バットがライトグリーンの光に包まれ始めた。
これに関しては予想が付かない。熱を加えているわけでもなさそうだし、かといって冷やしているようにも見えない。でもこれもきっと何かしらの調理法なのだろう。
すると先ほどミンティがかけておいた、パスタのタイマーが鳴り、同時に火も消えた。
イオラはシンクの中にザルを置き、茹でたパスタを湯切りし始めた。そしてそれを全部丸ごと、先ほどのボウルの中に投入し、液体をパスタに絡ませるように混ぜ合わせている。
「そろそろ盛り付けに掛かるわよ!」
「おっけー!」
イオラの掛け声と共に、人数分の皿を準備し盛り付けに取り掛かり始めた。
イオラは正方形の白いお皿に、中央を意識するように、高くパスタを盛り始め、仕上げに、あらびき黒コショウを散りばめた。
「完成よ!」
フィナンは、バットを包んでいたライトグリーンの謎の光をセルフィに解除させ、楕円形の白いお皿に下から、レモンの輪切り、オニオンスライス、そしてサーモンの順で盛り始めた。そして最後に、塩コショウを少々ふりかけ、謎の小さい緑色の種の様な物を所々に飾った。
「僕も完成!」
料理が完成した。二人は机の上を綺麗に片づけ、作った料理を並べた。
俺も椅子から立ち上がり、二人の元へと歩み寄った。
「二人ともお疲れ様~」
「お疲れ様」
「お疲れ様ぁ。さ! 食べよ食べよっ!」
食堂で食べる晩御飯も良いが、こうやって皆と机を囲んで食べる手料理も悪くない。
俺はフォークを持ち、まず最初にイオラの作ったパスタから食べ始めることにした。
フォークでクルクルとパスタとベーコンを絡ませ、口へと運んだ。
「――これはまさか……」
「『カルボナーラ』よ。どう……かしら? 美味しくできてる……?」
一言で言うと、すっごく濃厚だ。卵と生クリームとチーズ、おそらくはパルメザンチーズだろう。それとベーコンの脂の旨味が相まって、この上ない濃厚さを生み出している。
「うん……なんかもう、最高だね……」
「お、美味しいって意味で受け取っていいのよね……?」
この黄金色のねっとりとしたソースと、太めのパスタが相性抜群で、良い感じにソースが絡んでいる。
この味はきっとイオラにしか出せない。俺はそう確信した。
「マサト! 今度は僕が作った料理食べてみてよ!」
これだ。作っている最中、俺が気になって仕方がなかったフィナンの料理。見た感じサーモンのサラダにも見えるが、いったい何なのだろうか。それとこの、五ミリくらいの緑色の小さな種。謎が深まるばかりだ。
「いただきます……」
サーモンとオニオンスライスと謎の種を一気に口に運んだ。
――口に入った瞬間に分かった。酸味だ。レモンと白ワインビネガーのフルーティーな酸味が口の中に広がった。そして身が柔らかく脂の乗ったサーモンとシャキシャキのオニオンスライス。一体これは何の料理なのだろうか。
「フィナン、これはなんて料理?」
「これはマリネ。『サーモンのマリネ』だよ!」
なるほど、と俺の中で合点がいった。
という事は、あの時バットに注いでたのはマリネ液だ。そしてあのライトグリーンの光は、時間を短縮させ漬け込ませるための作業って訳だ。
濃厚なカルボナーラを食べた後、この料理を口にすることによって、うまい具合にそれを打ち消してくれる。
またカルボナーラを食べ、またこちらへ戻ってくる、そんなループが生まれてしまうのだ。
だが一つだけ気になるのは、この独特の風味と酸味のある緑色の小さな種だ。これのおかげで、とてもいいアクセントになっている。
「じゃあこの種は?」
「それは『ケッパー』って言ってね。植物のつぼみのピクルスさ!」
初めて聞く食材だ。
植物のつぼみを食材にしようなんて、一体誰が最初に考えたのだろうか。発想が天才だ。
このケッパーのみを食べてみても、あまりパッとしないのだが、これに合う食材と共に食べる事によって意外な調和を生み出している。
「うん……! このサーモンのマリネも最高」
「当然っ!」
見てるこっちも勉強させられた。たまには他の人の調理を見るというのも良いのかもしれない。
二人も、明日から始まる授業の良い予行練習になったに違いない。
これだけ美味しい物を作ってくれたのだから、俺もケーキを用意した甲斐があった。ケーキを受け取った時の二人の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
それから俺達は、談笑しつつ、晩御飯を楽しんだ。