第五十二話 晩御飯
「これが夢にまで見た、ガストルメ料理学園のコックコート……!!」
イオラは目をキラキラと輝かせながら、新品ほやほやのコックコートを嬉しそうにぎゅっと抱きしめている。
「買う手間が省けて良かったね~」
「そうだね」
包丁が揃い、コックコートも揃った。これであらかた授業を始められる準備ができた。
まだこっちに来てから間もないのに、授業開始まで本当に色々あったものだ。明日からようやく本格的に、俺の料理学園生活が始まる。
気持ちの高ぶりが抑えきれほど、楽しみで仕方がない。今日の夜ちゃんと眠れるか心配だ。
自分たちの寮へと向かう途中、突然誰かのお腹の音が鳴った。
「う~ん、お腹空いちゃったぁ。食堂で晩御飯食べよーよ」
お腹の音の正体はフィナンだった。相変わらず聴いてるこっちもお腹が空いてくるような音をしている。
「でもこの時間帯だし、きっと混んでるわ」
「えぇ~」
確かにこの時間帯だと厳しいかもしれない。きっとオリエンテーションを終えた後の新入学生達で占拠されているに違いない。
となれば残る手段はただ一つだ。
「じゃあ俺が作るよ」
俺がその一言を告げた途端、フィナンが、バッと俺の方を振り向いた。待ってましたと言わんばかりの目をしている。
「ほんとに!? やったー!!」
貰ったばかりのコックコートを片手に万歳をして喜ぶフィナンだが、とっさにイオラが口を開く。
「……待ってフィナ」
「ん? どうしたんだいイオラ? 嬉しくないの?」
難しい表情をしているイオラは、喜ぶフィナンの方に手を置き引き留めた。
「嬉しいわ、嬉しいのだけど、よく考えてみてフィナ。……私達、マサトにご馳走してもらってばかりよ?」
そうだっけ、と俺は心の中で今までを振り返った。
「だからそう――、今度は私達が作る番なのよ!」
そう言われてみれば、今までイオラとフィナンの手料理を食べたことが無かった。最初に出会った時も、この前、子供達が行方不明になった時に夕飯を作ると約束し、その後作ってあげた時も。
「――そうだね……! あの時の恩返し、ちゃんとしなくちゃいけないしねっ!」
「えぇ! だからマサト――。今日の晩御飯は私達が作るわ!」
二人は自信たっぷりなたくましい表情をしながら俺にそう言った。こんな自信に満ち溢れた表情は、二人と出会ってから初めて見る。
俺も手伝うよ、と言いたいところではあるが、ここまでやる気になっている二人に言われてしまっては、大人しくしている他ない。
「……分かった! 楽しみにしてるよ!」
夕飯を自分で作るとなれば、寮の調理室へ移動だ。俺達はとりあず、オリエンテーションで貰ったコックコートを自分の部屋へと置いて、それから調理室へ向かう事にした。
部屋に辿り着いた俺はコックコートを机の上に置き、朝ジェノワーゼで買って凍らせておいたお土産のケーキを持って調理室へと向かった。
調理室へ着いたが、まだ二人は到着していない、俺が一番乗りだ。それどころか誰一人いない。タイミングが悪いだけなのか、いつも自分たち以外利用していないように感じてならない。
俺も少しだけ使わせてもらったことがあるが、ここの調理室はとても設備が良く、なんでもある。肉や魚、野菜や果物。そして調味料まで、ありとあらゆる材料が揃っているのだ。
俺はケーキを近くにあった料理台の上に置いた。そして程なくすると、包丁を片手に持った二人がエプロンを着用して到着した。
イオラは茶髪の長い髪を後ろで束ね、ポニーテール姿に。フィナンの黄緑色の髪の毛は元から短かったためそのままだ。
「――あれ? 今日貰ったコックコートじゃないんだね」
「えぇ。だってなんかもったいない気がして……」
「やっぱり最初の授業で使いたいもんね~」
それもそうだと同感した。
準備が完了した二人は、早速献立決めを開始した。
「さてと――、何作ろうかしら……」
「アレが良いんじゃない? ほら、昔作った――」
今回客側である俺は、椅子に座って二人の様子を見守ることにした。
「――決まりね……! それでいきましょうか!」
「じゃあ僕、材料取ってくるね~」
フィナンが食品庫に材料を取りに行き、イオラも必要な調理器具などを用意し始めた。
どうやら作るメニューが決まったみたいだ。何を作るのか考察を楽しみたいため、二人が何を作るのかは聞かないことにしよう。
調理台の準備が完了すると同時に、食品庫に行ってたフィナンが両手いっぱいに材料を抱えて戻ってきた。
「よいしょっと! これでいいよねイオラ?」
「えぇ、ありがとう。早速取り掛かるわよ」
「おーけー!」
イオラとフィナンはそれぞれの精霊を出し、調理に取り掛かり始めた。