第四十四話 正人とロア
説教が終わった俺は先生たちと共に街へ向かうことにした。
そこでふと子供達がどうなったのか気になったので、ティラに聞いてみた。
「そういえば、子供達は?」
「先ほど森からイオラとフィナンが沢山の子供達を連れて出てきましたよ。全員特に外傷はなく無事なようです。今頃親御さんの元に返してあげてるはずですよ」
良かった……、ちゃんと無事に森を出られたようだ。
俺はホッと息をついて安心した。
空を見上げると眩しい太陽が真上にあった。海の様に青い空にはウロコ雲が点々と浮かんでいる。時間にしてお昼前だろうか。
朝から何も食べてなかった事に気が付く。まぁ朝ごはんどころじゃなかったから仕方がない。でもきっと子供達はお腹が減っているに違いない。
森の入り口からまっすぐ歩いてると、身に覚えのある十字路が見えてきた。
左側には街の入り口。右側には学園の入り口。そして正面には今来た道と同じ通路が広がっていた。
十字路の真ん中で立ち止まると、ここに通じていたのかと改めて実感した。
街の方からは、朝は全く聞こえなかった賑やかな声が聞こえている。
俺はそれだけで察した。
「――! 子供達の声がする……!」
「どうやら無事届けられたみたいですね。行ってみましょう!」
俺達は街へと入った。
市場は出てはいないようだが、街はいつも通り元気を取り戻していた。
立ち並ぶ家々の前には、再会を喜ぶ家族の姿が目に入った。
泣きながら抱きしめあっている者。どこに言ってたのかと厳しく問い詰めるも、目に涙を浮かべている者。
見てるこっちも嬉しくなってくる。本当に戻ってきて良かった……。
噴水広場に到着した。するとそこには、一人の男の子を連れているイオラとフィナン、そして、朝この場所で泣いていた女子生徒とその親御さんの姿があった。
「オッシュ――!!」
「お姉ちゃぁん! ママぁ! パパぁ!」
女子生徒とその家族は、森から無事生還してきた弟のオッシュをぎゅっと抱きしめた。
「うわぁぁん!! 怖かったよぉ……」
「良かった……! 良かったぁ……!」
その光景を間近で見ているイオラは大粒の涙をこぼしながら号泣している。
「うっ……うぅ……良かった……本当に……!」
「まったくー。イオラはホントに涙もろいんだからぁ……ぐすんっ」
俺達は二人の元へ歩み寄った。
「ただいま。二人とも」
「あ! マサト! おかえりなさい!」
「え!? マサト――!? 嘘、ヤダ……!」
イオラは俺が戻ってきたと知ると、顔を赤らめながら目をゴシゴシさせて涙を拭った。
「お、おかえりなさい、マサト!」
イオラは目の周りが若干赤くなっていた。それを隠すように少し目をそらしながら俺に挨拶した。
「ただいま。あの子がオッシュ君……。良かったね、再会できて」
「えぇ、本当に……」
俺達は抱きしめあう家族を温かい目で見守り続けた。
すると、ロアの存在に気付いたフィナンが、急に声を出して驚いた。
「うわっ!? その狼ってまさか、あの森で倒れてた――!」
「え……? きゃっ! ほんとだわ! なんでマサトと一緒にいるの!?」
イオラとフィナンはロアに驚いて、先生達の後ろに隠れてしまった。
「ハハハ……紹介するね。この狼の名前はロア。俺の精霊だよ」
先生たちの後ろで隠れて見てた二人は、目をいっぱいに見開いて、今まで見たことのない表情で驚いた。
「え? え!? 精霊!? マサトの!? どういうこと!?」
「だ、大丈夫なのマサト? 襲ったりしない……?」
「大丈夫、大丈夫。ほら――」
俺は二人を安心させるために、ロアの頭を撫でて見せた。
ロアは気持ちよさそうに俺の手に頭をゆだねた。
「ほ、ほんとだぁ……僕も撫でてみていいかい?」
「うん、いいよ。ロアも喜ぶよ」
「え、フィナ!」
フィナンは恐る恐るロアに近づいて頭を撫でた。
ロアはこれっぽっちも警戒せず、撫でたフィナンの手をペロッと舐めた。
「あはは! ほんとだ! 全然大丈夫だよイオラ! ほら、やってごらん?」
「うっ……分かったわ……」
先生たちの後ろからやっと出てきたイオラは、そーっとロアに近づいた。
イオラがロアの頭を撫でようと、手を震わせながら近づけると、ロアはイオラの手をスンスンと嗅ぎ始めた。
安全な人と判断したロアは、イオラの手にもペロリと舐めてあげた。
イオラも警戒心が和らいだのか、手の震えが止まった。そして頭をゆっくりと撫でてあげた。
「――ほんとね……! 大丈夫そう!」
「ねっ!」
フィナンもイオラに続いてロアの顎や背中を撫でた。
気持ちよさそうな表情のロアは、地面に寝そべって撫でられるがままの状態になってしまった。
俺はその光景を見て思わず頬が緩んだ。
「あんなに幸せそうなロアを見るのは久しぶりだな……」
「えぇ……。新しいパートナーと契約出来て本当に良かったです。マサト君とならきっと良いコンビになりそうです」
「あぁ、マサトとならきっと大丈夫さ。あたしが見込んだ生徒だからね!」
後ろの方で先生達が何やら楽しそうに話をしている。内容は聞こえないが、先生たちの表情は明るかった。
「――さぁオッシュ、お腹空いただろう? うちに帰って昼ごはんにしよう!」
先ほどの家族は落ち着いたようだ。父親と母親が子供達を挟むように手を繋いで、我が家へと帰ろうとしている。
すると校長が大声で喋り始めた。
「あぁ、そこの御家族、少し待ってください」
校長は謎の一言を、帰ろうとしている家族に告げた。
校長と先生以外は皆、不思議そうな顔をして『え?』と聞き返した。
「お昼ご飯は――」
校長はパチンと指を鳴らした。
すると、どこからともなく突如、噴水の周りを囲むようにキッチンが現れた。
それだけではなかった。なんと噴水広場全体にテーブルと椅子も出現したのだ。
「私共がお作り致します」
「キッチンが……!」
「す、すごい……いったいどこから……!?」
帰ろうとしていた家族、それと周りにいた街の人もそのありえない光景をみて唖然している。
イオラとフィナン、そして俺はというと、声すら出ないくらい驚いていた。
そんな光景をポカンとしながら見ていると、後ろの方から、おっとりした聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「――はぁい! こっちですよぉ~! 皆さん私についてきてくださぁい、ウフフっ!」
振り返って確認すると、その声の主が確認できた。
おっとりした声の正体は、入学式、先生の紹介の時にいた、ピンク色の髪をして牛の様な耳が生えたプッタという女性教師だった。
プッタ先生は沢山の子供達を連れてここまで歩いてきている。
「うむ。子供達も到着したようだな。――さてマサト君。そしてイオラ君とフィナン君。私達は今からこの子達に料理を振舞う。だが見ての通りかなりのお客さんだ。少し手が足りないのだが……」
俺達三人は校長が何を言いたかったのか、言われなくても分かってた。
イオラとフィナンの顔を確認すると、二人とも何も言わず、自分たちの精霊を出して自信たっぷりな表情で頷いた。
ロアも足の炎をメラメラと燃え上がらせ、やる気満々の様子だ。
そして校長の目を見て勢いよく言った。
「俺達も手伝いますっ!!」
校長そしてティラとローザさんは、何も言わず深く頷いた。
それから俺達は、先生達の指示に従いながら調理を始めたのだった。
新しいパートナーとの初めての調理を――。