第四十三話 説教
ロアの過去は、俺の想像をはるかに超えるくらい過酷なものだった。
「そのあと、ロアとその生徒はどうなったんですか……?」
「……もちろんタダでは済まなかった……。どんな形であれ、一国の最高権力者とその国の民に大火傷を負わせてしまったからな。彼は学園及びフーディリア王国を強制退去。それに加えその国への立ち入り禁止。そして――」
校長が次何を言うのかは俺にも察しが付いていた。
「そして、ロアと彼の契約は強制的に解除――。ロアは彼と二度と契約できなくなってしまった……。それにともない、ロアを危険な精霊だと国は判断し、人間によって、誰も近寄らないこの禁足地の森に追放されてしまった……」
「ロア……」
ロアの表情がより一層悲しそうになった。
ロアは、この森の中にずっと一人ぼっちでいたんだ……。
寂しかったに違いない。ひょんな事をきっかけに彼と離れ離れになったのだから……。
「本来なら死刑になるところだった。だから俺は精いっぱいその国の大臣に抗議した。結果――。死刑は何とか免れた。が、それ以上、刑が軽くなることは無かった……。俺にできる事はそれまでだった……」
俺は胸が締め付けられた。
妬んで事故を起こした生徒を恨もうともした。けれどそれにきっと意味はないのだろう。
「これがロアの過去だ。つらい話を聞かせてすまなかった……」
「いえ、いいんです。逆に知れて良かったです。……でもロア――。お前は本当に俺と契約してよかったの……?」
それが今の俺にとって気掛かりな問題だった。
状況が状況だったから仕方がなかったにしても、俺はロアと契約してしまった。見ず知らずの俺と……。
するとロアは俺の頬をペロッと舐めてきた。
「うわっ!」
「それに関しては心配いらないだろう。ロアは君を信頼して契約を結んだんだ。ロア自身も満足しているに違いない」
ロアは甘える猫のように顔をすり寄せてきた。警戒心は微塵もない。
ロアの毛はフサフサしていて気持ちが良い。
本当に俺がパートナーでいいんだな、と心の中で呟くと、通じたのだろうか、ロアが少しだけ頷いているように見えた。
「でも森から出て大丈夫なんでしょうか……? まだロアは皆から……」
「それに関してはもう大丈夫だ。なんせ大昔の話だからな。既に時効は過ぎている。……だが精霊との契約の話は別だ。同じ人とは一度きりしか契約ができない。だから彼とはもう……」
「そう……ですか……」
ロアの過去の話を聞きながら数十分が経った頃、ようやく森の入り口の錆びれたゲートが見えてきた。
「出口だ――!」
俺はさっきまでの出来事を振り返った。
長かったようにも感じる悪霊との激闘と子供たちの奪還。
そして新しいパートナーとも出会えた――。
色んな事があったが全て丸く収まって良かった……。
ゲートを潜り抜け、来た道を辿る。
しばらく歩いていると、入るときにあった注意喚起の看板と二手に分かれた道が見えてきた。
いや――、それだけではなかった……。
「あれは……!」
「お出迎えだな。マサト君、準備は良いかね?」
「……はい」
校長の言っている意味は言わずもがな理解できた。
二手に分かれた道の真ん中に立っていたのは、大変ご立腹なローザさんとティラだった。
俺は二人の前に立ち止まった。
「…………」
「…………」
二人とも威圧感が半端なかった。完璧に怒っている。
俺はそんな二人を前にして、小さく縮こまった。
ロアも俺の隣でお座りをしながら俺を見守っている。
二人が怒っている理由は大方予想が付く。俺が一人で勝手に危険な森に行ってしまったからだ。
だから、俺は目を瞑り大声で言い放った――。
「一人で勝手な行動をしてごめんなさいっ!」
俺は深く深く礼をして二人に謝った。
こんなに頭を下げて謝ったのは生まれて初めてだった。
するとローザさんが一歩前に近づいて来た。
「――頭を上げて、歯を食いしばんなマサト……」
そうなると分かっていた。
俺は頭を上げて目をぎゅっと瞑りながら歯を食いしばった――。
いつ来るかと恐る恐るその時を待った。
だが、いつまで経っても平手打ちは来なかった。
不思議に思い、目を開けようとした、その時――。
「え――?」
ふわりと甘い香水の香りが俺を優しく包んだ。
暖かい肌の温度とローザさんの心臓の鼓動が、俺の体に伝ってくる。
俺は、ローザさんの腕の中に身を預けられた――。
「心配かけさせるんじゃないよ……!」
「ごめん……なさい……」
俺はローザさんの胸の中で心から謝罪した。
俺が謝ったのを確認するとローザさんはゆっくりと俺から剥がれた。
「はぁ……。本当に心配したんですよ! こんな森に一人で行くとか何を考えてるんですか!」
ティラだけが普通に説教をしてきた。ティラが怒るとなぜか新鮮味を感じる。
「本当にゴメンナサイ……もう二度と勝手な行動はしません……」
「当たり前です!!」
「はっはっは! もう十分だろうティラ。マサト君は十分反省しているさ」
「全く! 次から気を付けてくださいね!」
「ハイ……」
隣で座って見守っていたロアが心配そうに俺を見つめていたので、俺は優しく頭を撫でた。