第四十二話 過去
ジョンズワースとその精霊が気絶したことにより、森の広場を囲んでいた炎もみるみる消えていった。
「炎が――!」
「どうやら犯人は捕まったようだ。もう心配いらない。――では学園に戻ろう、マサト君」
俺達は学園へと戻り始めた。
歩き始めるとともに、再び校長が口を開いた。
「さっきの話の続きだが――。君に話しておかなければならない事がある。……その精霊についてだ」
「この精霊の……?」
俺は歩きながら、真横で共に歩いている、契約した狼を見つめた。
そういえばさっきあの悪霊が意味深なことを言っていた。
確か――。『人間に追放された』と。
「それってまさか、さっき悪霊が言ってた――」
「あぁ。あの悪霊の言っていた通り、この精霊は昔、人間に追放された」
一体何があったのか俺は不思議に思った。だってこんなにも忠誠心がある頭のいい精霊なのに……。
俺達だって助けてくれた。
状況が状況だったにもかかわらず、こっちの世界に来たばかりの俺と契約もしてくれた。
それなのに、なぜ……?
俺は狼の頭を優しく撫でた。
心なしか、狼の瞳が寂しそうに見える。
契約したからなのだろうか、この狼の感情が少しずつ自分にも伝わってきている気がした……。
「校長――。教えてください、この精霊の事……」
「無論そのつもりだ。契約した君には知る権利がある」
校長は数秒黙り込んだ後、再び話し始めた。
「この精霊の名は――『ロア』。正義感の強い、心優しい精霊だ」
「ロア……」
「グルルぅ……」
名前を呼ぶと、ロアは小さく喉を鳴らした。
正義感が強く心優しいのは、俺たちを助けてくれた時から気付いていた。
そんなロアがなぜ……?
「なぜロアは追放されたんですか? こいつが悪い事をするとは俺には思えません……」
心の中で思ってた事がそのまま口から出てしまう。
「その通りだ。――ロアは何もやっていない」
「……? どういうことですか?」
俺は校長の言っている意味が少し理解できず、理由を尋ねた。
「――今の女王が即位する前の話、まだ王様が生きていた頃の話だ。……ロアは、うちの学園の生徒と契約していた。彼が料理をし、ロアがそれをサポートする。とても連携のとれた良いコンビだった。我々教師もそんな彼らの事を誇りに思っていた」
辺りには校長の声と、俺達が歩く度に聞こえる落ち葉と土を踏む音しか響いていない。
生き物の声は校長以外、聞こえていない。
そんな中、校長は話し続けた。
「彼らの名は学園中……いや国中、他国にまで広がっていった。若くして、国家精霊料理人の座まで届きそうなくらいに。しかしそれ故に、彼らを妬む者も現れた……」
話を聞いているだけで、二人の凄さがヒシヒシと伝わってくる。きっと相当な腕の持ち主だったのだろう。
「そしてある日、事故が起こった――。ちょうど今くらいの季節。他国で料理を振舞うという大きなイベントがあった。当然その国の民は二人の事を噂でよく聞いていたため、その日が来るのを楽しみにしていた」
ふとロアを見つめると、寂しそうな表情がさらに増しているような気がした。
校長の話を聞いて昔の事を思い出しているのだろうか。
「イベント当日。うちの学園から彼を含め、数人の生徒が選抜された。彼らはいつも通り料理をし始めた。彼とロアのコンビを初めて目にした客達は、噂で聞いてた以上だ、と、かなり喜んでいた」
校長の表情が急に重くなった。
数秒間の間を置くと、再び話し始めた。
「……しかし、その場に来るはずもない客が現れた……。その国の王だった――。王も彼らの噂を聞いていたため気になって立ち寄ったのだ。生徒達はビクビクしながら料理を続けた。だが彼らだけはそんな事、気にもせずに料理を続けた」
王様の前で料理をするなんて、俺でもビビッてしまいそうなのに……。
俺はその生徒に対して尊敬の意を抱いていた。
「そんな彼の姿を見て、とある生徒は苛立っていた。その生徒の目には、彼が王に良いところを見せようとしている様に見えていたのだろう……。当然彼にはそんな気持ちは微塵も無い。その生徒の妬みの感情が生み出した勘違いだ」
俺自信も話を聞いてて少し悲しくなってきた。ロアの感情が移ったのだろうか……。
これ以上聞きたくない。そんな事も思ったりしたが、これからずっと一緒に俺をサポートしてくれるパートナーの過去だからと、俺は受け止めることにした。
「彼は料理の仕上げに入り、ロアに火を出してもらうように命令した。王は彼らの料理姿をもっと間近で見ようと近づいた。……ロアが豪快に炎をコンロに灯した、その時だった――。先ほどの生徒が周りに気付かれないように、精霊を使って突風を引き起こしたのだ――」
俺は固唾を飲んで話を聞き続けた。
「……その突風によって、ロアの出した炎は王に直撃――。それだけでなく、王の周辺にいた国の民も巻き添えを食らってしまった。何が起こったのかとロアと彼は炎を制御しようとするが、気が動転してしまい、上手くコントロールができず、なすすべが無かった。――結果、王と国の民数名は、大火傷を負ってしまった……」
「そ、そんな……!」
思いもよらない事を聞かされた俺は、ただただ驚くことしかできなかった。