第三十七話 憎悪と殺意
笑顔が戻った子供達は再びおびえ始め、全員俺の後ろへと非難し始めた。
そのピエロの陽気な見た目とは裏腹に、笑みの奥には、この森と同じくらい深い闇を感じた。
「やっぱりお前か……! 子供達をさらった犯人は……!!」
俺は怒りの形相を浮かべながらピエロに言った。
「さらったぁ? ははっ! 人聞きの悪いことをおっしゃる……。勝手についてきたのはこの子たちですよぉ? 私はなーんにもしてませんけど、何か――?」
「そんな訳ないだろ! 見ろ――! この子達はこんなにもお前に怯えてるじゃないか!! お前が何かした事は、もう明白なんだ!」
どうやってここに連れてきたかは分からないが、こいつが犯人なのは紛れもない真実だ。
俺は、後ろで怯えてる子供達をかばいながら、不敵な笑みを浮かべるピエロを指さした。
「――時期に、ここに応援が到着する。観念して白状しろ、お前はもう逃げられないぞ。子供達も街に返させてもらう!」
俺はピエロに、とどめの言葉を突き刺した。
これで観念したか? そう思った瞬間だった。
「…………くふっ。くふふふふふ……。あぁ残念だぁ。ひじょーに残念だぁ。貴方みたいな勘のいい子供もいるんですねぇ、ちょっと誤算でしたよぉ、くふふふ」
なんだこいつ、狂ってる……。
ピエロは片手を顔に当て、怪しげに笑っている。
俺の後ろに隠れている子供が、怖がって俺の服をぎゅっと握りしめてくる。
そして、ピエロの笑い声が収まり、口を開き始める。
「――ですが、別に構いません。どちらにせよ――。もう手遅れですよぉ?」
「なんのこと――」
「きゃぁあああ!!」
俺がピエロに問いかけようとした次の瞬間だった。突然後ろから女の子の悲鳴が聞こえてきた。
振り返るとそこには、三メートルはあろう巨大な、どす黒い靄が。
その靄には、血の様に赤く鋭い目がついている。
「――また俺の森に、性懲りもなく人間が……」
こいつはヤバイ……。
黒い靄は、男性と思われる低い声で喋り始めた。
我が森ってどういうことだ? この森の主? まさか……悪霊?
いや、でも、と俺は考えを巡らせた。
でもいかにもって感じの姿をしている。まるで悪い魂の集合体の様な……。
だとするとさっきの狼は何なんだ?
――はっ! さっきのピエロは!?
俺はピエロが気になって、上半身だけを動かし、振り向いた。だがそこには誰もいなかった。
さっきまでいたはずなのに、と俺は狐に化かされた気分だった。
「くそっ……逃がしたか……」
「この前の二人といい今回といい……。――もう、許さん……。殺す、殺す、コロシテヤル――」
突然黒い靄から、味わったことのない謎の威圧感が放たれた。
これが俗にいう殺気というものなのだろうか。
そしてその黒い靄は、だんだんと人型に変化していった。
全貌が少しずつ露わになっていく。
鳥のような、鋭く尖った巨大な足と巨大な腕と爪。それに見合わないほどの細く締まった身体つき。
真っ赤な赤い瞳に、二本生えた曲がりくねった巨大な角。
そして一メートルくらいの長さの、先端が尖った尻尾が付いている。
その見た目はまるで、『悪魔』だった。
はっと我に返って、俺はさっきの言葉を思い出す。
こいつはさっき、『この前の二人』と言っていた。
そして、人を簡単に切り裂いてしまいそうなくらい鋭利な爪をもっている。
「まさか――、お前があの二人を!?」
「あぁ。殺ろうとした。――だが。あと一歩というところでヤツに邪魔されてしまったのだ。まったく……思い出すだけで腹立たしい!! ――だから今回は絶対に生きて返さない。ここで皆まとめて森の肥やしにしてくれるわ!!」
こいつ――、いやこの悪霊は、凄まじい怒りのオーラを出しながら、急速に俺達に近づいてきた。
子供達は、あまりの恐怖に目を背けている。
この子達は守らなければ……! せめて俺が盾に……!!
こちらに襲い掛かろうとしてくる悪霊に向け、俺は両手をバッ開いて、防御の体勢を取った。
あんな鋭い爪で切り裂かれたらきっと痛いじゃ済まないだろうなぁ。
俺、生きて帰れるかな――?
俺は目を瞑って覚悟を決めた。
…………?
目を瞑り数秒が経過した。だが一向に襲ってくる気配がない。
もしかしてもう切り付けられた?
身体を触って確かめてみるが、痛みもないし、傷も付けられていない。
俺は不思議に思い、ゆっくりと目を開けた。
そこには、信じられない光景が広がっていた――。
「――グルルルルゥゥゥ……」
「ま……た……貴様かぁぁああ!!」
先ほど出くわした黒い狼が、振りかざした悪霊の手に噛みついている。
「へ……? どういう……こと? 助けて……くれた?」
俺は目の前の異様な光景が理解できずに困惑していた。