第三十五話 潜入
確証はないが、子供たちはきっとあの森だ。俺はそう睨んでいた。
「もしそれが本当なら子供たちが危ないわ!! だってあの森には――!!」
イオラの言う通り、あそこには悪霊が棲み付いている。
この前無事に帰ってきたあの二人の生徒は、運が良かったとカディアさんは言っていた。だからもし今度襲われたとすると、この前以上の犠牲者が出てしまうだろう。しかもそれは皆、まだ幼い子供たちだ。
「そ、そうだ! オムニバスの人たちに助けに行ってもらおうよ!! 悪霊はオムニバスと女王を恐れてるんでしょ?」
「そうね……それしかないわ。今すぐ学園に戻って、この事をオムニバスに伝えましょう!!」
イオラとフィナンと同じ意見だった。俺たちまで行ってしまったら犠牲者が増えるだけだ。
俺たちは急いで学園に向け走り始めた。
走ってる途中でふと、この前の二人と、さっきの噴水広場での出来事を思い出した。
あの怪我を負った二人は、ただ珍しい食材を見つけて料理をしたかっただけのはずなのに、悪霊が棲み付いていたせいで、あんな惨たらしい大怪我を負って帰ってきた。危うく二人とも、二度と料理ができなくなる体になるところだった。最悪、――死ぬところだった。
いまでも鮮明に二人の傷を思い出すことができた。
血を垂らしながら必死に友達を支えて戻ってきた。悪霊が棲み付いていなければこんな事にはならなかったはずだ。
理不尽だ――。
悪霊に対して、ふつふつと怒りが湧いてくる。
噴水広場で泣いていたあの家族。あの女子生徒はオッシュと言っていた。きっと弟なのだろう。
一人の家族が忽然と訳も分からないまま、いなくなった。
朝起きたら大切な人が消えていた。まるで今まで一緒にいたのが夢だったかのように。
あの家族の気持ちは分からなくもなかった。だって俺もそうだったから……。
きっといなくなった子供たちも心配しているはず。
寒く、暗い森の中でお腹を空かせながら怯えているんじゃないだろうか。
俺は小さいころから、なぜか子供に好かれていた。近所の親御さんにベビーシッターを頼まれたこともよくあった。だから親心に近い感情もあった。
俺は徐々に走るスピードを緩め、足を止めた。
続いて二メートルほど離れた場所でイオラも立ち止まり、振り返る。
「マサト――?」
「…………ごめん、ちょっとさっきの場所で落とし物したみたい。すぐ戻るから二人は先に戻ってオムニバスに知らせてきて――!」
「え!? ちょっとマサト!?」
俺は学園とは反対方向。走ってきた道を戻るふりをしながら、後ろの二人が見えなくなったところで路地裏の影へと入り込んだ。
「はぁ……はぁ……。バレてないかな?」
勢いで口から出まかせを言ってしまったが、ちょっと分かりやすかっただろうか。
家の影からこっそり確認してみるが、二人は追いかけてきていない。
俺はいったん息を整えた。そして再び薄暗い路地裏を駆け回り始め、あの森へと向かった。
無謀だろう。俺みたいな精霊も扱えないただの十六歳の子供が、そんな危険な森に潜り込もうとしてるなんて。
だが頭で考えるよりも先に体が動いてしまった。
本当にあの森に子供たちがいるかどうかもまだ確証できないのに……。
でも万が一の事を考えると行動せざるを得なかった。この目で確かめないと気が済まなかった。
路地裏を駆け回り続け、ようやく街外れへと出た。すると近くに木製の道標が立っていることに気づく。
近寄って見てみる。そこには三つほど行き先が示されていた。
一つ目は、フーディリア城。
二つ目は、ガストルメ料理学園。
そして西を刺している三つ目が、例の森だった。
俺はその道標を頼りに西へと向かい始めた。
道があるにはあるのだが、雑草が生えていて分かりずらい。もう何年も人が通ってないのがよく分かる。
森に向かうにつれて、草木の量も増えていった。
しばらく歩いていると、二手に分かれた道に出た。
左の道は雑草も生えていないしっかり舗装された道だ。
一方、右の道には赤文字で何か書かれてある看板が立っており、奥には、引き込まれそうな暗い闇と大樹が広がっていた。
「この景色……確かこの前見た――」
俺は看板の前に立ってみた。
どうやらここが森の入り口で間違いないようだ。この前見た新聞の表紙とまるっきり一緒だ。
「この奥に……」
俺は意を決して森の中への潜入を試みた。
三メートルぐらいの幅がある道の両端には、白い柵が取り付けられている。
上を見上げてみるが、日差しすら侵入を許さないくらいに木々が生い茂っている。まだ朝だというのに、まるで夕刻の様な暗さだ。
入り口の看板から三分ほど歩いたところで、何かが見えてきた。
「あれは……?」
それは赤色に錆びた鉄のゲートだった。だが、ゲートは閉まっておらず、なぜか開いたままになっていた。
「誰も立ち入らないはずの森のゲートが開けっ放しになってるのはおかしいな……」
これはもう間違いなく、この森にいるはず。俺はそう心の中で確信し、ゲートを通り抜け、森の奥へと吸い込まれるように入っていった。