第三十四話 笛吹き男
廊下での話し声が聞こえたのか、隣の部屋から寝癖がついたままのフィナンが、目をゴシゴシと擦りながら眠そうに顔を出してきた。
「う~ん、どしたの二人とも~……」
寝起きのフィナンに今日の新聞を見せつける。
新聞を一通り目を通すと、眠そうだった目は一気に大きく見開いた。
「え……どういう事だい、これ……」
プルプルと新聞を持つ手が小刻みに震えている。
フィナンも驚きを隠せないようだ。
この新聞の内容を見るに、なぜ今日の街があんなに静かに感じたのかようやく理解する。
きっとこの事件の事で市場どころではないのだろう。
様子が気になった俺たちは、軽く身支度を済ませ、学園を飛び出した。
向かう途中、乗り物があれば楽なのだが、と心の中で小言を言った。
さすがにこちらの世界には、自転車などはないだろうと諦めて、渋々自分の足で向かっている。
無我夢中に走っているうちに街の入り口へと到着した。
予想通り、市場が一つも出ていない。それどころか外に人が一人も出ていない。
昨日の様な活気ある風景とは裏腹に、恐ろしいまでにしんっとしている。まるでゴーストタウンだ。
ふわりと優しい風だけが吹いているが、今はそれが妙に恐ろしく感じる。
「嘘……あんなに活気のあった街道なのに……」
イオラは口を抑えて、ありえないという表情を浮かべている。
とりあえず俺たちは、街の様子を見て回ることにした。
「家のカーテンも全部閉まってるね……。昨日の夜にいったい何があったんだろう……」
フィナンの言う通り、家々のカーテンは全て閉りきっていた。きっとみんな怖くて出てこられないのだろう。
街を歩いている途中、目に掲示板が飛び込んできた。
そこには、ローザさんの店に貼ってあった、例の森の注意喚起の張り紙と、今日起きた、子供たちの謎の失踪について書かれた記事が貼られてあった。
それだけではない。行方不明の子供たちの似顔絵が書かれたポスターも複数貼られてある。
「行方不明の子供たちがこんなに……!」
「かわいそうに……。きっと親御さんもかなり心配してるに違いないわ……」
掲示板を後にし、再びまっすぐ歩き始める。
掲示板だけでなく、街のいたるところに、似顔絵の描かれたポスターが無造作に貼られている。
人気のない街をしばらく歩いていると、昨日ピエロが芸を行っていた噴水広場が見えてきた。
「――あれ、あそこ誰かいるよ?」
目を凝らしてみるとフィナンが誰かを発見したようだ。
「あの子は……」
噴水の縁には、先ほど寮の部屋から飛び出て行った、獣耳の女子生徒と、同じく獣耳を生やした、その子の両親と思しき二人が座っていた。
「確かさっき寮から出て行った生徒だ……」
俺たちは立ち止まって離れたところから三人を見る。
なにやら、両親が涙を流しながら、娘を慰めているように見える。
「ママぁ、オッシュ……オッシュがぁ。うっ……うぅ……」
「大丈夫よ……きっと……きっとお腹がすいたら帰ってくるわ……うぅ……」
「あぁ。大丈夫……。きっと、大丈夫だ……」
噴水広場には、三人のすすり泣く声だけが虚しく響いている。
俺は唇を噛みしめながら三人を見守る。
「イオラ――? どうしたんだい?」
後ろから、悲しそうなフィナンの声が聞こえてきた。
振り返って確認してみると、そこには、ぽろぽろと涙を流しているイオラの姿があった。
涙を拭っているイオラを、フィナンは背中をさすりながら慰めている。
「イオラぁ……大丈夫?」
「ごめんなさい……もう大丈夫よ。ありがとうフィナ」
あの三人見てもらい泣きをしてしまったであろうイオラを見て、俺も涙が出そうになってくる。
「……そろそろ学園に戻ろっか」
俺がそう言うと、イオラとフィナンは小さく頷いてくれた。
そして噴水の縁に座る三人を最後に一目見て、元来た道を戻り始めた。
戻る途中、誰も口を開こうとしなかった。
さっきの光景を見てしまったら、当然何も話す気にはなれない。
歩きながら今回の事について色々考える。
そもそもなぜ一晩で子供たちが大量に行方不明になってしまったのか。
そこで俺はある物語を思い出す。
童話『ハーメルンの笛吹き男』だ。
ネズミの被害を受けていた町に、忽然と笛吹き男がやってきて、報酬を与えてくれるならネズミ駆除をしてあげよう、と町人と約束をした。
笛吹き男は難なくネズミ駆除に成功し、報酬を貰おうとするが、町人はあまりにも笛吹き男が簡単に駆除したので、約束を破ってしまった。
約束を破った報いなのだろうか。
町人がまだ眠っている時間帯、笛吹き男は笛を吹いた。
すると、町中の子供たちが家々から出てきて、笛を吹きながら歩いている男の後を追うように付いて行き、山の洞窟に消えていったという。
大勢の子供たちが町から消え、その後、戻ってくることはなかったらしい。
今回の事件がこの童話に酷似している。
ありえないような話だが、ここは異世界だ、何が起こっても不思議ではない。
歩きながら、手を顎に当て深く考える。
もし本当に誰かが子供たちをさらったとすると、いったい誰が?
この国は良い人だらけだ。どう考えてもそんな悪だくみしそうなやつはいないはず……。
「――こんな暗い状況だからこそ、昨日みたいにピエロが広場で芸をして、皆を元気づけてあげればいいのにね……」
長い沈黙が続いていたが、それを最初に破ったのはフィナンだった。
「今更だけど――、やっぱり昨日の飴玉貰っとけば良かったなぁ~……なんちゃって、えへへ……」
その一言を聞いて、俺はその場にピタリと立ち止まる。
「マサト? どうしたの?」
「…………」
イオラが俺に問いかけるが、俺は黙ったまま考え続けた。
そして頭の中で点が線に繋がり、ある答えが浮かび上がってきた。
「ねぇ……ちょっといいかな……?」
「どうしたの急に?」
「昨日、ピエロがくれた飴玉、――子供たちだけが食べてたよね?」
イオラとフィナンは察したのか、次第に顔がサーっと青ざめていく。
「えっ……えぇ!? じゃあもしかしてあのピエロが――!?」
「でもそれなら色々合点がいくわ……。もしそうだとしたら子供たちはどこへ……? どうやって連れていかれたのかしら……」
「どうやって連れていかれたかまでは俺も分からない……。でも、どこへ連れていかれたかは、だいたい想像が付く――」
え? と二人は口をそろえて言った。
「多分だけど、あの森だよ――」
俺は森がある方向を睨んで言った。